この手を掴んで、離さないで〜猫被り令嬢は素直になれないようです〜
 しん、と一瞬痛いほどの静寂がふたりの間を走る。フォンテーラ――フォンが前髪を掻き混ぜた。撫付けられていた髪が乱れ、顔にかかる。
 7年前と比べれば随分と大人びてはいるが、そうするとまさにあの頃と同じ顔だ。

 フォンがひょいと肩を竦める。

「あー、なんだ気づいてたんだ? 7年も経てば大丈夫かと思ったんだけど」

「まさか。忘れられるはずがありません」

 私の貴族としての在り方を全て否定するような、あんなことを言う少年を。
 しかもそれがこの国の王子――貴族の頂点にほど近い人物だったなんて。

「それなら俺も同じだよ。きみのことは忘れたくても忘れられない」

「なぜ?」

「さあね」

 答える気は無いようで、フォンはすっと体を離して立ち上がる。
 こちらを見下ろす碧の瞳が、ひんやりと冷たい気がした。

「……何か」

「いや。やっぱりきみもそうなんだな、と思っただけだよ」

 ふっと唇を片側だけ釣り上げシニカルに笑う。歪な笑みではあったけれど、初めて自然にわらったのだとわかった。

「これ、僕からの贈り物だから。大切にしてくれると嬉しいな」

 フォンが花瓶を指し示す。また来るよ、と言いおいて部屋から出ていった。

 暫くの間を置いて、そっと花瓶に歩み寄る。

「紅い、花」

 まるで“彼”の瞳のような、濃いあかいろ。

 名は知らない。有名な花ではないと思う。小さな花が無数についた、美しいと言うよりは可愛らしいものだった。

 どうして、この色を選んだのだろうか。贈ってくるのなら、金や……それこそ青いものにするのが普通ではないのだろうか。

 まるで、わざと“彼”の存在を思い出させようとしているような気がしてならない。そんなことをして何になるのかは、見当もつかないけれど。
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