この手を掴んで、離さないで〜猫被り令嬢は素直になれないようです〜
 ――本当に、実感がない。

「その……アマルダさま、フォンテーラ殿下が」

 言いにくそうなレーナにため息をついた。

「やっと言伝ね。ここにはいらっしゃらないということでしょ?」

 首肯して項垂れる。というよりは憤りを抑えるように床をじっと見つめている。

「アマルダさまに何の不満がおありなのでしょうか。家柄も問題なく、こんなにもお美しくいらっしゃるのに……!」

「いいの、もう。別に私も望んで来たわけではないのだし。わかってはいたけれど、所詮は形ばかりの婚約だったということね」

 貴族なんてそんなもの。王族となればきっともっと自分よがり。大きな声では言えないけれど。

 レーナの入れてくれたお茶を飲みながら行儀悪く頬杖をついた。けれど彼女も咎めない。

「ね、レーナ。もう少し動きやすい格好にしてくれない? こんなに座ってばかりだと体が石みたいに固まってしまいそうだもの」

「どこに行かれるのです?」

「少しだけ散歩に。心配しないで、そんなに長くは出ないから」

 レーナに手伝ってもらいながら着替える。誰かに出会うと困るので、軽く化粧をしてから部屋を出た。
 周りに人がいないことを確認してから首をぐるりと回す。ぽきりと淑女にあるまじき音がして顔をしかめる。

 王城に来てから一週間ほどが経った。けれど初日のあの時以来、一度もフォンは部屋を訪れていない。来る気がないなら初めからそう言ってくれればいいのに、そう連絡することすらも億劫に思われているようだ。王子殿下が来られたときに不在となれば問題なので、ずっと部屋で待つことになってしまった。

 うんざりしながら視線を巡らすと噴水を囲むようにして庭園が見えた。こんなところさえ金や碧ばかりに彩られている。嫌気はさしつつも、さながら花の蜜に誘われる羽虫のようにふらふらとそちらに吸い寄せられていく。

 行儀が良くないとは思いながら、軽く払ってから噴水の縁に腰掛ける。しゃらしゃらと静かに流れ落ちる水の音と花の香りが心地よい。

 漠然と、嫌だな、と思った。
 何のためにここにいるのかわからなかった。このままフォンと正式に結婚すれば、家のためにだけはなるのかもしれないけれど。でも、それだけ。それだけだ。

 そもそも、だけ、と思うことが間違いなのだろうけれど。
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