この手を掴んで、離さないで〜猫被り令嬢は素直になれないようです〜
「……アマルダ」

 ちいさく囁くと、少年は何度も頷いた。

「アマルダ、アマルダか。うん、予想していたよりずっと似合ってる。いい名前だね」

 そんな世辞は社交の場では何度も聞いたことがあるはずなのに、どうしてか顔が熱くなった。何というか、言葉も、響きも、視線さえも、真っ直ぐすぎて照れくさいのだ。本心から言っているのを隠そうとしない。
 この貴族社会では生き辛そうだな、とちらりと思った。

「あなたは?」

「フォン。ちなみに8歳」

 私はふふんと鼻を鳴らした。

「ふぅん、じゃあ私の方が歳上ね」

「たった2つの差くらいで威張るとか、お姉さんだなんて言えないと思うけど」

 冷静に返され、かぁっと顔に血が溜まる。

「う、うううるさいわね!」

 我慢ならず椅子から飛び降りて詰め寄ると、フォンは綺麗な顔を臆面もなくくしゃりと歪めて笑い出した。

「なんか、そっちの方がおれは好きだな」

「は、あっ!?」

「つんつんしてるのもかわいいけど。それ、面倒臭くない? 家柄とか話し方とか礼儀とか。そんなこと気にして、大人のフリなんてしちゃってさ」

「フリなんて……」

 言いさし、口を噤む。代わりに心の中で噛み付いた。

 ――そんなこと、仕方ないじゃない。大人のフリをするのが、貴族の娘として当たり前のことでしょう。そうしなければ、お父様に迷惑がかかるわ。それは、あなただって同じはずよ。

 しかしそれを本人に言うことはせず、ただ睨みつけるに留めた。言えば自分が惨めになるだけだとわかったからだ。
 同じ貴族の子供のくせに自由に振る舞うフォンを、少し羨ましいと思った。同時に、酷く苛立った。

「じゃあまた、会えたら」

 ふっと薄く笑って、フォンは人混みの中に紛れて簡単に見えなくなった。

 それを横目で見ながら、私は食器の上に乗った食事を口いっぱいに詰め込んだ。行儀も何も知ったことではない。いらいらとしていた。

 また会えたら――そうね、その時は何かがつんと言い返してやるわ。
 そう決意しつつ、リスのように頬を膨らまして咀嚼し、ごくんと飲み込む。

 あんなことを宣う彼は、一体どこの家の子なのだろう。やっぱり気になった。

 それに。

「……どうして、私が2つ歳上だなんてわかったのかしら?」
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