この手を掴んで、離さないで〜猫被り令嬢は素直になれないようです〜
 あの日のことが申し訳なくて、あれから舞踏会にもいろいろと理由をつけて一度も行ったことがない。以来、はじめて王城の門をくぐる。
 あっけなく、簡単に。
 こうしてみると自分が張っていた意地は酷くしようもないものだったのだとわかる。

 いや、ずっとわかっていたのだと思う。それでもそうせずにはいられなかった。そのくらいいたたまれなかったのだ。あの、感情の無い赤い瞳を思い出す度に。

「アマルダさま」

 慇懃に手を差し伸べる騎士に頷いて、馬車を降りる。すれ違う人々が恭しく頭を垂れる。

 見上げるほどの天井も、白金の艶やかな壁も、華美な装飾の碧玉の花瓶も、美しい意匠の照明も。懐かしいと思ってしまうのは、きっと場違いな感想に違いない。

 一際豪奢な扉の前で、騎士が静かに身を引いた。ここから先は自分以外許されていないのだろう。
 王の間。
 どうしてもあの時と較べてしまう。自室に呼ばれた時と違い、今回“は”正式な謁見ということだ。

「アマルダ・ティアツェルタ」

 跪いたまま顔が上げられない。図々しくもここまで来てしまったけれど、あんなことを言った父親とその子のことを、一体どれほど蔑んでいるだろうと思うと。

「面を上げよ」

「……はい」

 恐る恐る、視線を上げる。7年の年月というのは思っていた以上に長いものらしい。頬がこけ、眼窩が落ち窪んでいる。王はすっかり老いていた。

「侯爵家の令嬢が一度も社交場に顔を出さないものだから、皆が噂しておったぞ。きっと蝶よ花よと育てられた、身体の弱い深窓のご令嬢なのだろうと」

「……申し訳、ございません」

「よい、ほんの冗談だ」

 冗談。そんなものを自分なんかにするはずがないと思う。良かれと思って顔を出さなかったけれど、悪手だったのだろうか。
 ぐるぐると嫌な考えが回り始めると止まらない。

「此度汝を呼んだのは他でもない。婚約者の件でな」

「……は、い」

 何を言われても耐えられるように、ぎゅっと手を握り締める。

「あれからリチャードとも話したが、やはり汝に余の息子を任せようと思う」

 構えていた力が抜け、思わず小さな声を零す。それが王に聞こえたかどうかはわからなかったが、彼は斜め後ろに視線をやると僅かに声を張った。

「フォンテーラ」
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