幼い私は…美人な姉の彼氏の友達の友達に恋をした
14、新たな道
無事に典子と美恵を自宅まで送り、後は陸。涼介の家でもあるから要も知っている。だからか何も聞いてこない。
凄く乗り心地が良い! とは決していえない車だけど、それがまた行動の意味がよく理解出来ない要さんみたいだと、陸はボンヤリ考えていた。
車内の中は、要、陸、裕介といるはずだが、誰も話さない。走るエンジン音だけが身体に響いていた。
「着いたぞ」
要の美声で陸はビクついた。これで終わりと思えたら自然に話せる。
「ありがとうございます。友人まで送ってもらって、本当に ありがとうございます!」
陸のかしこまった話し方が、すでに他人のようで笑えてくる。
「近くにいたからだ」
「分かってます! たまたまでも、それでも嬉しかったです。ありがとうございます!」
ニコッと笑う陸を見送り、もうここに用事はないが離れがたい。他人が知人になっただけ、要と陸の関係なんて所詮そんなものだった。
シャルロットがいうような、漫画的ド定番シーンの様には なりはしなかった。
車のエンジンをきったまま黙り動かない要に、裕介も静かに待っているだけで、何も言ってこない。
それがまた先程の出来事が真実だと突きつけられ、要の心臓は収縮し息苦しくなっていく。
どうして、俺じゃない?
どうして、涼介なんだ?
アイツはもうすでに結婚している、子供だっている、夫婦間も良好だ。
どうして俺は涼介になれない、何が違う?
「…どうしたら俺は、涼介になれるんだ?」
いくら自分のスペックをあげても、涼介にはなれない。
はじめから分かっていた…。そんな一途に思い続ける陸に要は恋をした。
真っ直ぐで、裏表のない陸。顔は笑って腹は真っ黒の人種ばかりに囲まれている要には、陸は眩しかった。その性質は変わって欲しくはない。
しかし矛盾しているが、そろそろ変わっても欲しい。涼介をあきらめて要を見て欲しい。近くで手を打てばいいのだ。
問いを投げかけた相手、裕介は何も言葉を紡がない。
そして要もそれ以上は、何も言わず車を発車させた。
***
鍵を開け、バタバタと家に入る。帰ってきたのが分かったのか、姉からメッセージが入る。
『ケーキバイキングだったんだって? 楽しかった? また話聞かせてね』
なんとも普通のメッセージ。それが現実に陸を引き戻す。
「夢を見てたのかなぁ、不思議な体験…」
ぽつんと出た台詞は自分に言い聞かせる為。
身体も心も未発達の小学生で、すでに大人で溢れんばかりの魅力ある要に恋をした陸。
九年間も思っていて、今日の日みたいなハプニングは驚きしかなかった。
「九年間で4回しか会ってないのに。今日一日で2回も会ったよ、まだ…信じられないな…」
別に甘ったるい何かがあったわけじゃいし、あまり話もしていない。けれど近くで感じた要の魅力には抗えない。
至近距離で見た要の顔は本当に綺麗。吸い込まれそうな色の瞳は宝石みたいだった。
一瞬であったが手を合わせた。陸の手がすっぽり入るほど要の手は大きかった。そして優しく背中をポンって叩かれた。
たったそれだけの事を何度も何度も反芻する。
洗濯物を畳む時も、お風呂に入っている時も、明日の準備をしている時も、歯を磨いている時も、ベッドに入って寝返りをうっている時も。
やはり何度も反芻する。すると触れたとこが熱くなっていく、それは陸の涙腺を崩壊させる。
「……ひっ…くっ、……ひっ…くっ、好きになっちゃうよ……ひっ…くっ、一日に、二回も会ったら……ひっ…くっ、
諦めきれなくなるよ……ひっ…くっ、ふぇっ……ひっ…くっ、
いいな、いいな、要さんとキスいいな、
……ひっ…くっ、……ひっ…くっ、いいな……羨ましいな。
セックス…だって………ひっ…くっ、……ひっ…くっ…」
枕が冷たい。涙が出て止まらない。忘れていたのに、忘れつつあったのに。
姉と義兄がしていた『あの行為』を、今も誰かと要がしていると思うだけで、涙は後から後から流れ出て止まらなかった。
***
次の日。授業であった典子と美恵は鼻息荒く興奮気味に「いける、いける!!」とせっついてくる。
何がいけるのか? 頭がお花畑過ぎやしないか?
「陸ちゃん、凄いよ。ただの知り合いって、もう! そんな事ないじゃん! あれはもう王子様だよ」
「美恵ちゃんの言う通り! 陸ちゃんを迎えに、わざわざ、あんな辺鄙な場所に高級車で来るんだよ。愛じゃん愛!」
王子様?? 何をいうか、要さんはどちらかといえば帝王だと思う。
そして、愛? 愛のなんたるかを、二人はもう一度勉強した方がいいのではないか?
「あのね、典ちゃんも美恵ちゃんも、私に勘違いするなって言ったよね?
要さんは、ただ迎えにきただけ、それも秘書の方も一緒だったから、本当にたまたま近くで仕事があったんだよ」
「違うって、もう真っ直ぐに陸ちゃんしか見てなかったし。私達なんて眼中に無しだった!
椅子を引いて、陸ちゃんの手を取って立たせて、背中に手を添える! もう貴族じゃん、王子様じゃん! 舞踏会じゃん!」
「……………典ちゃん、美恵ちゃん、一刻も早く頭を冷やした方がいいよ」
大袈裟に「やだぁー!!」「ねぇー!!」と典子と美恵は互いに目を合わせて笑い合う。
そして「秘密は守る!!」と口パクして、唇を両手で隠してみせた。
とんでもない勘違いに陸は本気で呆れていた。偉そうに「要さんを好きになるなんて勘違いもいいとこだ」と言った態度からのこれ。
(あぁ…魅力にやられたんだ。要さんの魅力って恐い。あれだ、あれ男版傾国なんだね…)
ニヤニヤし、チラチラ見てくる二人を丸無視し、課題を仕上げてくる。
要ほどではないが、日本ではトンとみない超人みたいな婚約者ラースメンをもつシャルロット。
彼女がいたら、きっと笑い飛ばしたに違いない。しかし今日はお休みだった。
仕事が忙しくなると学校を休みがちなシャルロットだから、きっと大きな仕事が入ったんだと勝手に想像した。
「あのさ、五十嵐さん。ちょっとだけいいかな?」
黙々と課題をしていた陸に、同級生の田中たなか 優一ゆういち君が、声をかけてきた。
基本あまり誰とも話さない陸は、当然のこと男友達もいない。同じ学科で同じ教室にいてても会話はゼロだ。その空気のような同級生からお声がかかる。
「…えっ? あ、あん、うん…」
確かに今は、休憩時間だ。典子も美恵も資料探しか、教室にはおらず。
生徒の半分は教室に残っていなかったが、残り半分の生徒らは興味津々に陸と優一を見ている。いたたまれない陸は、優一に提案をする。
「田中くん。今、休み時間だし、そう! お茶でも買いに行こう!!」
背中を押しながら教室を出る。160センチはゆうにある陸とほぼ目線が同じ優一は、あまり男性と分類しにくい。
もちろん男性だと理解はしていても、日頃からシャルロットの婚約者兼護衛のラースメンを見ていて、涼介や要といった180センチを超える男性ばかりを見ていると、感覚がおかしくなる。
「ふぅーここまで来たら、いいかな。で? 田中くんは私に用事? 話したのもはじめて…くらいだよね?」
「うん、その…あの…」
何故か赤面し、モジモジモジモジ。はっきりしない態度に少しイラッとくる。
「休み時間が終わっちゃうよ。何?」
「五十嵐さん! 僕とお付き合いしてください!!」
「…いいけど、どこに?画材店?」
生まれて初めてされる告白は、陸には告白とは伝わらない。
「違います! 僕の彼女になってください!!」
「へ??」
真っ赤な顔で、何故か右手を差し出している。握手せよと? やだなぁと思う。昨日要さんと手を合わせたところで、それが薄れそうだ。
でもこれはいい機会と陸は思った。いつまでも要を見ていても、先には進まない。今はまだ噂の域だが、今後、テレビや週刊誌で要の結婚が大々的に報道された日には、しばらく寝込むのは間違いない。
これは薬、いわゆる予防接種だ。
「田中くんの事、あまり知らないし、友達からはダメ?
私、男の人と付き合った事ないから、いきなり彼氏彼女はちょっとだけ恐い」
「友達からで、大丈夫!! ありがとうございます。僕は彼氏候補ですね!!」
「言い方悪いよー、候補だなんて。田中くんだって私の事は知らないでしょ、一緒に知っていこう!」
「はい、宜しくお願いします」
ふわっと微笑み合う。一緒にカフェオレを買って、肩を並べながら教室に戻る。
課題の話や映画やドラマの話。同じ年頃の男子は話やすい。
要みたいに、会ったら言葉につまり、軽く触れ合うだけでも天国へ行くような心地になる訳ではないが、優一と一緒は楽だった。
ワクワクもドキドキもない、これもいいかもと陸は思う。
(要さんが、側にいたらいつも呼吸困難になるし。あれは病気みたいなもの。私が特別じゃない。
どの人も要さんをみたら、惚れてるもの! 私もいい加減、大人にならなくちゃ!!)
陸のトンチンカンな決意は、要にとって有難くない決意となった。