幼い私は…美人な姉の彼氏の友達の友達に恋をした
16、初めての二人きり
「パジャマのままですみません」
きっちりスーツを着こなしている要と比べ、ノーメイクでパジャマ姿の自分が虚しくなる。
来るならお化粧くらいしたかった。だけど体調不良でガッツリ化粧してバッチリ外着を着ていたら、何をしている学校へ行け。学生の本分は勉強だろう。と要に言われたに違いない。
「体調不良なのだから、当たり前だ。俺は見舞いに来たんだから気にするな。
でも風邪の割には、家の中も綺麗にしているじゃないか。陸はえらいな」
要の優しい声色で褒められた陸の胸は、はち切れんばかりにドクドクと脈打っていた。
「風邪とかではなくて、ですね。なんでか…その、頭痛が止まらなくて。転んだり、壁に激突したり、お鍋をひっくり返したり、と最近失敗も多くて」
「風邪より心配なんだが…。あまりに頭痛がやまないなら、一度CT検査をするか? 俺の行ってる病院なら、すぐに口利きできるが?」
「いえ、いえ、いえ!! そんな大それたことではないので。でもお気持ちはありがとうございます」
ヘラヘラ笑った陸を見て、要もほっこりする。体調不良と聞いて焦ってしまったが、陸の顔色は悪くなく要は肩の力が抜け、本来の目的を思い出した。
そうシャルロットから聞いた、危ないという自称彼氏の存在だ。
車をとばしてきたからか、例のヤツより早く来れた。要の権利と見栄えは今日こそ使わないといけないと心に誓う。
覚悟しろよと。
「座っていろ。台所に入っていいか? 紅茶も買ってきた。コップに注ぐだけだからな俺がやろう」
「そんな、要さんに用意してもらうなんて! 大丈夫です」
「辛い時は人を頼れ」
要は触れるか触れないかくらいの優しい加減で、肩に触れてくる。触れてる時間はまさに数秒。違う。真っ先に優一とは全然違うと思った。
優一の触り方は、肩を掴みそして肩から二の腕あたりを強くスライドさせてくる。心配していると言いながら、強く掴まれた腕が恐怖から血の気が引くくらいだった。
「要さん、ありがとうございます」
「礼ばかりだな。気にするな。ケーキは今食べるか?」
「後の楽しみにします。今食べたら勿体ないですから!!」
「そうか、じゃあ冷蔵庫に入れておく」
カーペットの上に直で座り、テーブルの上には要からもらった紅茶を二人で飲む。
学校の課題の話や、最近食べた中でのヒット食など、たわいない会話が続いていく。
(ドキドキするけど、楽しい! 要さんが笑ってるよ! 楽しいっ、こんな楽しいなんて。頭が痛いのも消えてるし)
手を伸ばせば届く位置にいる要。近いのに遠い。でも雑誌ではない、テレビではない、生の要の瞳の先にいるのは陸だ。
優しい要のシルバーブルーの瞳に魅入ってしまう。
幸せいっぱいな陸だったが、本日二度目のインターホンで我に返る。
ピンポーン、ピンポーン。
あからさまにビクッとした陸に要は、来たかと迎え撃つ気満々だった。
「友人か?」
友人ではない。けれどまだ彼氏でもない。優一は友人以上恋人未満、でも要には彼氏だと話す方がいいのかもしれない。
希望をもつのもおこがましいなら、自らで断ち切ったらいいのだ。鳥野苺さんとお幸せにとは、悔しくて言えない。小さなプライドを陸はもってしまった。
「え…と、友人じゃないです。その…彼氏です!」
思わず出た台詞の音量が大きくて、陸は自分自身で驚いてしまう。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、鳴り響くインターホン。
返答がない要に、陸は「出ますね」と一言伝え田中優一の顔を画面越しに確認し、鍵を解除した。
二人きりではないから恐くない。そう優一に思う事がそもそも直感で拒否している事に変わりなかったが、男女関係に乏しい陸では自分の心の声を気づけなかった。
ピンポーン、ピンポーン、と再度なり、陸は玄関のドアの鍵を開けた。
「おじゃましまーす。陸、大丈夫?」
(あれ? 田中くんは、いつから私の事、陸って呼び捨てにしてた? 昨日までの呼び名は陸ちゃんだったよね?)
玄関から入ってきた優一は、まさかのまさか、陸に抱きついてきた。声にならない驚きとはまさにこれだ。しかしその痛いくらいの抱擁は、要によって剥がされた。
「おいっ、ガキ。何をしてる? 体調を崩している人に対する態度か?」
要から引き剥がされた陸の身体は、要の背の後ろに庇われる。
大きな背中は安心感しかない。優一が視界から物理的に消えて安心したのも束の間、優一は陸の二の腕を掴み自らの隣に立たせたのだ。
「ぃ痛っっ」
陸が痛いと言ってるのに、優一は陸を見ずに要を睨んでいる。
「あれ? おじさん誰? 陸との抱擁の邪魔をしないでくださいよ」
かつてないほどの馴れ馴れさで、身体中が優一を拒否する。しかし要に彼氏と言った手前、合わせてくれてる様な優一に、違うよ。誤解されるような発言やめて、と言えなかった。
開け放たれた玄関。
陸の二の腕を掴む力が強くなる。痛い、恐い、助けて、誰か助けて、要さん!助けて!! 心が身体が悲鳴を上げた。
「あれ? 陸ちゃん、もう起きて大丈夫?」
まるで女神。男性の涼介が女神に見えた。陸は渾身の力で優一を振り切り、女神涼介の胸に突入した。
「おわっ!」
タタラを踏んだ涼介だが、ギリギリ倒れる失態は免れた。だが、この状況が全く理解出来ない。
頭痛で寝ているはずの陸の家(貸してはいるが、基本は涼介と海の家でもある)に、何故 要と見知らぬ男がいるのか?
抱きついて離れない陸の身体は小刻みに震えている。寒さではなくこれは恐怖でだ。
「…えっと、要は僕に用事かな? で、君は誰? 」
「僕は陸の彼氏ですよ。いつもラブラブで甘々なんですよ、陸は照れ屋だから、ほら、こっちこいよ」
言動が不安定な優一が恐い。貴方は彼氏じゃない! 友達でもない! そう宣言したいが、陸は恐怖から言葉をつむげない。
抱き合っている涼介だから、冷えていく陸の身体が恐怖でこうなっていると理解出来た。
「ひとまず彼氏くんは帰ってくれる?あっ!そう、はじめましてかな。
僕は陸ちゃんの兄(義兄)でね、君とはキッチリ話をつけたいかな。
君の言動は彼女に向けるものではないよ。陸ちゃんは物じゃないから。一刻も早く帰ってね。警察呼ぶよ?」
ここまで話せば理解するだろうと呼んだ涼介。舌打ちしながらも、陸の胸あたりを舐めるように見る優一に涼介は危なさを感じとった。
優一が引いて帰った後。優一とは違い靴を脱いで、ジャケットまで脱ぎ、しっかりくつろいでいたと確信が持てる要の姿に、疑問が湧きまくる。がひとまず要にも帰ってもらう。
「要は僕に用事?」
「違う」
端的な要の返答に更に疑問を持つが、その答えを考えないようにしながら、現状をよくする為に要もこの場から退場してもらう。
「要も…陸ちゃんは僕がみるから、帰ってくれるかな?」
「分かった」
涼介と要が会話している時も、陸は涼介にしがみついたまま離れない。
上着を着て、玄関に並べられた靴を履いている要に、陸はやっと涼介から離れて、小さい声で礼を言う。
「…要さん、ありがとうございます。ケーキもありがとうございます」
「長居して悪かったな。お大事に」
要の足音が離れて周りが静かになってから、涼介は陸に問いかける。
「陸ちゃん。彼は、その…彼氏なのかな? 僕からみても典型的なDVタイプに見えるよ。反対はしないけど、よく考えて付き合った方がいい」
田中優一の件はもうどっちでもよかった。今後会う気がないからだ。
絶交だ!と心に決めていた。それよりも、聞きたい知りたい事が陸にはある。
「要さんは、鳥野苺さんと結婚するの?」
「陸ちゃん?」
なんの脈略もないのに、口に出して要の友人である涼介に聞いてしまった。
我慢していた想いが ブワァッと溢れてしまい、思わず口に出た台詞に自分で傷ついてしまう。そして同時に視界が涙で見えなくなっていく。
真っ赤な顔、切ない表情で号泣する陸の想いをなんとなく理解した涼介は、笑いながら噂はあくまでも噂と伝える。
「しないよ、しない、宣伝みたいなものだよ。否定もしてないけど肯定もしてないだろ?」
「そっか、そうなんだ」
安心し感極まった陸は涼介に再度抱きつく。嬉しさを表現する為に、力の限り涼介の身体を締め上げる。
「たんま、たんま、苦しいよ」と笑って見つめる涼介から視線を剥がした先には、何故か帰ったはずの要が立っていた。
「要さん?、あれ?」
陸の惚けた声に続き、かえってきた要の声はひどく悲し気で、今起こった事件(涼介と陸のかたい抱擁シーン)の重大さに涼介も陸も気づかない。
「薬や飲み物、軽食を買っていたが、車の中に置きっ放しで忘れていたから、持ってきたんだ。邪魔して悪かったな。涼介、ほらっ」
紙袋に入った様々な商品を、涼介に突きつけるように渡す。
「あっ、と。要、あのな、」
「そういう事は中でやれ」
要は諦めたように笑いながら涼介に忠告し、陸の方は一度も見ずに背を向けて歩き出した。
絶対に誤解している。絶対に誤解しているが、そもそも要の心が分かりづらいのだ。
海ではなく好きだったのは陸の方か…とガックリ涼介は項垂れる。
「陸ちゃん、要に告白された?」
「はぁーーーーー!?」
真っ赤になり、硬直している陸を見て〝まだ〟だと知る。
「いや、そうだよねー。陸ちゃん一年ちょい前まで未成年だったし、まだ学生だしな…するわけないか…。
あぁ、思い起こすとありとあらゆる疑問のパズルが完成したよ。はぁぁぁ…仕事は出来るのになぁぁぁ…残念な奴だなぁ…」
涼介の意味不明な独白を、不思議そうに見てくる陸をまずは部屋に入れてベッドに寝かせて、啓介を迎えに行く。
いつもの自分の車を運転しながら、要の過去から現在までの意味不明行動を分析する。
陸ちゃんが絶対に休みで、なおかつ用事がなく家にいる時に限って遊びにくる、そして要、大輔、涼介、海、そして何故か陸の五人で食事。
要がファッション雑誌の表紙を飾った時も、いらないと言っても家のテーブルにおけと指示してきたり、陸への小さなアピール出来事は多々。
そして以前。頬が腫れ上がる強さで殴られたのは、陸が涼介を好きだと勘違いしていて、涼介がその想いを知っていて陸を手玉にとっているとでも思ったからだろう。
「なんで、あんな面倒な奴になった? 天下の龍鳳寺財閥の御曹司 『龍鳳寺 要』が!? 恋愛は初心者か…。どうやって誤解とこうかなぁ」
暗い顔で、苦手な保育園の扉を叩いた。