幼い私は…美人な姉の彼氏の友達の友達に恋をした

２６、非日常

「ほらっ、着いたぞー」

　ショッピングモールへ続く道路に、車を横付けした大輔は後方の二人に、身体ごと振り返って到着を伝えた。

「ありがとうございます！ 最近、ショッピングモール内にコーヒーの専門店が出来たんです。良かったら大輔さんも一緒に飲みませんか？ 大輔さん、コーヒーがお好きでしたよね！！」


　送ってもらって、はいサヨウナラが出来ない陸は、お茶の一杯でも一緒に飲んで、そのお茶代は払いたかった。

　皆でワイワイが大好きな大輔だから、陸の提案には大賛成だ。しかし陸の隣に座る要の顔がヤバかった。

　無表情であったが、目の奥が来るならそれ相応の覚悟を持ってこいと言っている。


「……あぁ…その、忙しいんだ、これから予定もあるし…な。また今度…があれば、一緒に行きたいかな…」

「えぇー用事があったのにごめんなさい！ 忙しい時に送ってくださって、ありがとうございます」


　陸は大輔に向かって最大限の礼をとるため、腰を曲げ頭を膝につけるまで下げた。

　いい子だなぁと、感動している大輔に「陸を見るな、減る」と声無しの口パクで大輔にメンチを切る。

（…要…心狭いなぁ）大輔は呆れてしまう。


「いいよ、いいよ、デートの邪魔になっちゃうしな」

「邪魔ではないです！ でも、要さんと大輔さん二人と私が一緒なんて、贅沢過ぎですね」

「贅沢？」

「めちゃくちゃカッコいいお二人とお茶したら、ドキドキして味が分からないですもん！」

　正直な陸の感想に大輔も、薄っすらと顔が赤くなる。上っ面ではない心からの賛辞は、結構胸を鷲掴みにしてくる。

　とくに陸は海の妹だ。昔から大輔は海を好きだった。

　涼介と海が付き合い始めても、なかなか気持ちに区切りをつけれなかったほど恋に落ちていたから、顔が少しだけだが海に似てる陸からの賛辞は、色んな意味でヤバかった。


「出るぞ」

「はい、要さん！ 大輔さん、今日は本当にありがとうございます！」

「お、おう」

　降りるのはスムーズに降りれた陸は、もう一度礼を言ってから扉を閉めた。

　車中の中で一人になった大輔は、いない要に今更突っ込む。


「…要の奴、余裕無さ過ぎだけど、大丈夫か？」

　その答えは返ってこないが、大丈夫だ。とは到底言えない状態だろうと推測された。




　車を降りた陸と要。さて先ずは何をするにも、ショッピングモール内に入らなければならない。

　さあ！行こう！ とテンション上がり気味の陸に、要はすっと手を出してきた。


「要さん？」

「手を……」

　続きを言えない。言葉にはつまったが、出された要の大きな手は、陸のテンションをさらに上げていく。要の大きな手を遠慮がちに握ると、さらに強い力でぎゅっと握りかえしてくれる。

　嬉しさと恥ずかしさで、要を見上げると綺麗過ぎる要の顔も薄っすら赤い。


「要…さん」

「楽しもうな」

　優しい要の笑顔に、再度恋に落ちる。声も表情も包みこむ優しさに溢れているが、握られた手だけはとても熱く、頭をクラクラさせてくる。

（要さんが好き過ぎて、どうしよう、恥ずかしいよ）

　大好きな人が同じだけ自分を好きでいてくれる奇跡のような今に、陸は感謝した。


　ふわふわラブラブは、ショッピングモールに入るまでだった。
忘れてはならない。
要は有名人。
芸を売る芸能人ではないが、テレビや主に雑誌には月一ペースでどこかには載っている。

　要本人は顔出しをひどく嫌う為、同じ写真の使い回しが多い。そして写真や動画、テレビさえも修正が出来るこのご時世、だいたいが生を見ると『えーイメージと違うー』がほとんどなのに、要はいい意味で裏切ってくれる。

　はっきり言って、脳内にある龍鳳寺要より数段、生が見事なのだ。


（めちゃくちゃ目立っているよ…）

「コーヒーが飲みたいのだったか？」

「あっ、は、はい」

　今更なのだろうか、繋いでいる手を離したかった。

「要さん、手を離した方が…」

「目立っているからか。……すまないな」

　傷つけた。陸は要の顔をとっさにそう読んだ。

「違います！私はいいんです。その要さんが、私とじゃ、その恥ずかしいかな…と」

　陸の言わんとする事が要には理解できない。


（恥ずかしい！？ 何がどう恥ずかしいんだ！？ 長年の片想いを耐えて、耐えて、耐えて。やっと、やっと今は俺の妻だ！！
　その愛しい妻と歩いて、何故！？ 俺が！？ 恥ずかしいんだ！！ 遠回しに俺と手を繋ぎたくない、と言いたいのか！？）

　陸に本能のまま、大声で懇願したい。したいが、それをすれば大人として終わりだと思う。食いしばりから口の中は血の味が広がっていく。


「…俺は、陸と手を繋いでいたい」


　それだけ言って口は閉じてしまった。

　拗らせ過ぎた要の初恋は、夫婦になってもまだまだ中学生並みの恋愛事情だった。


「私も、要さんと手を繋ぎたい。みんなに見られちゃうのは仕方ないですね！ 要さんがイケメン過ぎるせいですから、もう諦めます」

「なっ！？ なんだ、それは…」

　照れてるのかとても見たいが、顔はあさってを向いていて見えない。
しかし耳の先が赤く染まっている。勝ち負けではないのは百も承知だが、陸は買った気になってしまう。


「美男子を夫に持つと苦労しそうです」

「っっっな、陸！！」

「なんですか？ 要さん」

　陸はずずっーと、顔を要の方に近づける。

「悪かった、俺の負けだ。全面降伏だから、これ以上はちょっと無理だ、やめてくれ」


　息を吸うようにいちゃつく二人に、周りも「あれ？」と顔を目的の場所（自分達の買い物）に戻していく。

　龍鳳寺要と言えば、超がつくほどクールかつ無表情で有名だった。


　例の雑誌のモデルとして表紙を飾った時。半裸写真で見せた気だるげな表情さえも、どこか不機嫌で怒っている印象だった為、陸の一言一言に真っ赤になり照れまくっている要を、龍鳳寺要とは思わず。

　どこかヨーロッパ系の外国人のイケメンさんだな、くらいの認識になり、皆の興味が失せていった。

　ただのイケメンの外人旅行客には、あまり興味が湧かないのだろう。

　あくまで、日本一の、いや。世界のトップ１０には必ずその名前が入る大財閥の御曹司〝龍鳳寺 要〟だからこその注目だ。

　二人の何気ないイチャイチャで「あら。外人のイケメンさん」で変換されていく。


　それほど要の顔は、皆が思う龍鳳寺 要ではなかった。

　甘ったるく常に笑みを浮かべ、陸を大好きだ、愛している、可愛いな、抱きしめたい、と全身で訴えかけている様だからだ。

　皆が知らない要の甘い表情。

　実は昔から陸だけは、要のこの表情を度々みていたのであまり不思議と思わないのだ。

　まだ会って間もない頃、二人で話は当然しないが、目が合えば要は陸にだけフワッと微笑んでくれたのだ。

　それは幼い陸を恋の呪縛に落としたも当然。

　涼介も海も大輔も、皆が知らない二人の遊び。目が合えばその度にフワッと微笑む要。この表情が見たい為、陸は何度もしつこいほど、要をチラチラ見ていたのだ。

　皆が知らない、陸だけに向けるこの甘い雰囲気と甘い表情は分厚い仮面となって『龍鳳寺要』を上手く隠していた。



「あっ、要さん。薬局があるので寄っていいですか？」

「あぁ、構わない。何を買うんだ？」

「目薬を買いたいんです。さっき授業中にさしたら、ちょうど無くなっちゃたので！」


　薬局に入り、陸は目薬を探している。この何気ない行動に要は幸せを感じていた。しかしその幸せも邪魔が入る。

　携帯の電源を切っていなかったのが悔やまれる。尻に入れた携帯が鳴っている。当然無視した、きれた。

　そして再度鳴る。


（今、何よりも大切な時間なんだ！？ 誰だ！？ くそッ！！）

「要さん、携帯光ってますよ？ 電話、出た方がいいのでは？」

　陸に気づかれた。

「構わない。今日は用事があると伝えている。気にするな」

　要は話をそらすが、陸はそうもいかない。

「出てください！ 私、これ買ってくるので。レジもちょっと並んでいるし、外で話してきて下さい！！」

　陸に背中を押されて「早く電話に出てください！」とちょっと怒り気味に言われたら、ゲームオーバーだ。


「わかった、電話には出る。陸、ほらっ」

　とサラリとクレジットカードを要から渡された。電話に出た要から「これで買え」と口パクで伝えられた。

　返す暇もなく渡されたカード。プラスチックじゃない。なんだろうか…カード自体重い。中にチップが内蔵されているのか、通常のカードより幅が異常に太い。

（うへっ。これはあれだ。あれ）

　聞いたことはあるが、当然見るのは始めて。

　黒の色が濃く文字のゴールドが妖しく光っていて、特別感が凄まじい。

　触るとカード表面が異様にマットで、兜をかぶった軍人さんが中央にデザインされた《例の》ブラックカードだ。


（要さん〜〜。もぅ！！ カードは本人しか使用しちゃいけないし、３５０円の目薬を買うのにブラックカード出すの、逆に恥ずかしいです）


　陸はいない要に突っ込みながら、カードは仕方なく手に持ったまま、レジに並ぶ。

　混んでいたからか、もう一つレジが空きスムーズに会計を終了出来た。

　当然、現金で払った。

　店の入り口で要はまだ話し中。近くに寄るのも悪い気がして、陸は薬局の店内を暇つぶしに歩く。

　あまり遠くに行かないようにと、普段みる化粧品系コーナーではなく真逆に位置する場所をふらふら。


（あんまりこっちの場所はこないからなぁ。知らない商品ばっかりだ。
　これ、大人用オムツ…なんてあるんだ。介護用品か…）

　知らない商品は、知らない世界。

　知らない世界だったが、知りたい世界を発見。


（あれ？ この箱って。やっぱり！コンドーム！！ えぇーこんな普通に売ってるんだ！！ 知らなかったなぁーー）


　一見するとただの箱。普通にキャラクターものもあって陸はビックリする。

　どれもオシャレな文字だけしか載っていない箱だから興味がなければ、使った事がないなら、当然目に入らない未知の世界だ。

　棚の中段から下に陳列されているので、見やすいように陸はその場にしゃがみ込んで箱を手に取る。


（そうだよ！！ 前、これがなかったせいで、エッチ出来なかったんだよ！！ ……これって私が用意するのか？）

　疑問は尽きない。香りやら薄さの素晴らしさが書いてあるが、はて、サイズがあるようだ。


（サイズがあるんだ！？ ゴムだから伸びるのよね？ なんでサイズがあるんだ！？
　そうか。ふむふむ、ふむふむ、一番大きいのは……これ？ かな）


　決めたぞ！よし買ってこよう的な感じで腰を上げたら、ちょうど要さんが側にいた。



　＊＊＊


「…なんだ」

『要様、申し訳ございません。例の取り引きしていた会社が倒産したようで、手続きを、』

「わざわざ俺に通さなくていい。一年前から倒産すると踏んでいただろう。取り引きの額もしれてる、あれは返してもらうつもりのない金だ」

『一応の確認です。申し訳ございません』

「信頼している。そのまま進めてくれ」

『かしこまりました。要様、明日は午後からの出社に致しましょうか？』

「午後から？ なんでだ」

『いえ、今日は金曜日ですし。陸様は明日学業はおやすみです。陸様とデート後は、やはり明日まで色々なさるのかと』

「………ただのデートだ。陸は夜には家に送る」

『左様でございますか、失礼致しました』



　祐介の勝ち誇った顔が見え隠れし、イラっとし電話を切った。長くは話していないはずだが、陸がこない。

　レジには誰も並んでいないし、会計は終わったはず。陸がいない事に、胸の奥がぎゅっと縮み痛み出す。

　不安な顔をしているのは自覚しているが、どうにも陸相手だと、普段の冷静な判断が出来ない。見渡した店内にまだ陸はいて、ほっと力が抜ける。

「り、………」

　陸と呼ぼうとして、身体が固まった。


（……おい。なんてもの、持ってるんだ！？）

　要の心の中の絶叫は、陸には伝わらない。