幼い私は…美人な姉の彼氏の友達の友達に恋をした

８、憧れと好きと独占欲と勘違い

　
　昔から隠していた要への想いを当てられた事よりも、典子と美恵に攻められている現状に心が悲鳴をあげていた。
　
「なん…で、別に…好きなのは自由じゃないの？」

　今にも泣きそうな陸に、典子は慰さめる態度を見せない。陸達グループは喧嘩をした事がない。皆が皆、自由で個々が基本で、一般女子のようにつるむ事はほぼない。

　典子や美恵は本気系学生で、芸術に浸透している。

　技を磨く為に勉強しているし、友人とつるむなら教授と話したいという。

　個人では買えないような高額な本や機材が大学内にはわんさかある。それを使わなければもったいない、そう考える人種だから、休み時間だからとつるまない。

　たまに本当にたまに、こういう食事会をする程度の心地よい関係性だった。

　だからなおのこと驚く。他者の意見に賛成や反対をしない人達なのに、今は陸の想いを真っ向から斬ってくる。

　何故？何故！？ どうして好きな気持ちを否定されなくてはいけないのか？？ 好きなのは陸の勝手だろう。小学生から想い続けた９年間を馬鹿にされたように感じてしまう。

　陸の本気を感じ、二人はさらに表情が曇る。


「好きなのを否定はしてないよ。だけどね」

　典子の言葉に、陸はさらに言葉をかぶす。

「否定してるじゃない！！ そうなんだ。でいいじゃない！ テレビにだって、雑誌にだって、素敵だって書いてるよ。みんな好きだって。
　カッコいい人の代名詞みたいだから、芸人さんとかも、生まれ変わるなら、彼みたいになりたいって昨日テレビで話してたよ！ 普通に『みんな』好きじゃない！！」

「好きだよ。私も好きだし」

「じゃあ、なんで！！」


「言っとくけど、陸ちゃんの好きとは違う。全く違う。一緒にしないで。
　皆が言う、カッコいいやら、機会があるなら一晩でも〜やだぁ〜キャキャキャ。って言う軽さが陸ちゃんにはない。
　憧れじゃない、二次元じゃない、冗談でもない、本気で一人の男性として見てる。
　ゼミ旅行の旅館で、みんなとテレビ見たでしょ？ あの時の陸ちゃん、本気でヤバい人だったよ。
　テレビ番組で、ただ一緒に並んで笑ってた女優さんに、本気で嫉妬の目を向けてた。陸ちゃんの想いって犯罪者っぽい。いっちゃったファンが好きなアイドルを精神的に追い詰めるやつだよ」


　呆然とする陸に美恵も追い打ちをかける。


「反論してみな。出来るならね」

　涙は引っ込むが、かわりに出てきた感情は自分への恐怖だった。三年前の時も〝そう〟だったのではないかと。

　 姉と義兄のセックス現場を見て、何故陸は、要と要の当時の彼女を投影したのか？

　厚かましくも泣きまくって、たまたま玄関に居てた悪くもない要に、何か（言葉は覚えてない）を喚いて、力いっぱい押しのけて睨んで家を出た。

　それからは会ってない。そう今日の朝、会うまでは。


「知らなかった…私、そんな危ない目で見てた…？」


「見てたよー」
「見てたよー」


　大切な友達に言い訳をしたい。もちろん、龍鳳寺財閥の御曹司である要は雲の上の人だ。それは間違いない。

　だけど、テレビ番組やポスターだけじゃない、実際に会ったりしたのだ。だからアイドルを精神的に追い詰める、おかしなファンみたいではない！きっと。


「あのね、違うの。私、要さんと会ったことがあるの！ 一方的じゃなくて、会話だってした事があるの！」

「ふーん、で何回会ったの？」

　典子の冷たい言葉に陸は負けそうになる。小学生からの思い出を必死に思い出す。あの時と、あの時と、あの時と、…あの時。


「…よ、４回、会ってる！」

「もはや他人よね、それ。私が朝、電車で通学する時に会ってる、いつもの席でいつも爆睡してるオッサンより、レベル的には低いけど」

「あっ、違う！ ご、５回、５回だよ！」

「…オッサンの勝ち。てか、何故一回ふえた？」

「今朝！ ……今朝、会ったの。その、涼介さんに用事があったみたいで。今日、涼介さんと朝、一緒に家を出たから…」


　必死な陸に、典子と美恵は可笑しくて笑ってしまう。


「涼介さんねー、涼介さんもイケメン俳優さん以上にカッコいいからねー。もう〜陸ちゃん、それは棚ぼた棚ぼた」

「典ちゃんと同意見でーす。素敵な棚ぼたじゃん！ 私も一回生でみたいな〜。会った女は、ほぼ１００の確率で落ちるらしいから。女優さんとかも必死らしいよ。
　いーーーつも、誰かしらと写真撮られてるじゃん。火のないところに煙はたたぬってね。百戦錬磨の殿方には、百戦錬磨の美女に任しときな！！ 火傷しないに越したことないさ」

「美恵ちゃんの言う通り。
　陸ちゃんは、肌がつるつる目鼻立ちが超絶綺麗な顔で、お腹の肉も全くなく足が長くてお尻ぷりぷり、男を喜ばせる性技も合わせ持った、涎溢れる魅惑的な美女ばっかりの女優さんに、まさか勝てる気でいる訳？」

　カァーと顔が熱くなる。今までの自意識過剰想いが究極に恥ずかしい。これは無理、恥ずかし過ぎて泣ける。


「本当だ、馬鹿みたいっ。私は馬鹿だよね。勝てないよ、同じ土俵にだってたたないよ。そんなつもりない。
　競うだなんて、思ってたの…かな。恥ずかしいぃ。私、恥ずかしいよ」


　自分を罵倒しながら笑う陸。笑っているが、何故か鼻の奥が痛いし涙が溢れ出てしまう。
　先程まで口の中は甘くて美味しいケーキの味が広がっていたのに、今は塩味に変化していく。

　ここではじめて、典子が屈託のない笑顔を見せる。優しい典子の顔を見てると、腕が伸びてきて右肩に手が置かれポンポンと叩く。


「まっ、実際に会ってたら、好きになるね」


　私も！ と、逆の肩を今度は美恵がポンポンと叩く。


「そうだよ！ 大丈夫。今、理解したからセーフ セーフ。大丈夫だよ！ 」

「さぁ、一件落着。陸ちゃんは、まぁまぁ美人だし。おっさんじゃなくてさ、同じ学生で探しなよ。大学内で先ずは探してみたら？」

「まぁまぁは余分だよ！ でもありがとう！ いやぁー自意識過剰って恐いね。図星さされるまで気づかなかったよ。
　化粧直してくるね！ 泣いて、顔 めちゃくちゃになってそうだから」

「おう！ 化粧直ししたら食べよ、食べよー」


　陸は典子と美恵に軽く手を振って、お手洗いに向かう。向かう間も恥ずかしさが抜けず、若干まだ顔が赤い。

　駆け込んだトイレはこれまた異世界。ケーキバイキング店【ジョリ】はトイレまで可愛い作りになっていた。

　まるでお姫様のドレッサー室のようだ。真っ白な壁紙にピンクの薔薇のイラストと裸の天使が描かれている。


「わぁー、可愛いっっっ」

　思わず口に出してしまい、即座に手で口をふさぐ。

（あぅ。は、恥ずかしいっ。
　…あーあ、私って自意識過剰だったんだ。たしかに、お姉ちゃん美人。義兄イケメン。啓介くん将来絶対イケメン。なら私も…ってなっちゃうよー。
　要さんにバレてたのかな？ 遠回しにキモいと言われた……のか？
　涼介さんとお姉ちゃんにべったりで、同じ分類に入ってると思い上がるなって事か！！）

　もやもやとした今朝の要の怒り理由が確信に変わる。納得。同じレベルみたいに、姉達にまとわりつくなと言う事だろう。

　好きだなんて言わなくて良かった。流石に言わないが、態度に出すのも気持ち悪いのだろう。セーフだ、セーフ。


「おしっ、分不相応な想いはしない！ ちゃんと向き合える人がいい。好きな人探ししよ！！」

　パンッと頬を叩き気合いを入れる。

（初恋は実らないのが鉄則だしね）

　涙で流れたファンデーションを軽く直し、消化した腹を撫でる。
高い金額を払ってケーキバイキングを食べに来たんだ、苦しくなるまで食べようと誓いを立てる。

　友人との恋話こいばなが、これほど有意義だとは思わなかった。


　田舎育ちの陸には、やはり東京は沢山の不思議が詰まった宝箱みたいだと、ふと思った。