極上蜜夜~一夜の過ちから始める契約結婚~
『すまない、泉水。別れてほしいんだ』――。


ほんの三週間前、私は婚約者から呼び出され、カフェの席で向き合った途端、そう言われた。


『会社の後輩と、たった一度……。でも、彼女、妊娠してしまって』


大学時代からの先輩で、三つ年上。
別の会社に勤務している、遠藤(えんどう)春馬(はるま)
私にとって、生まれて初めての彼だった。


七月、誕生日にプロポーズされて、私は幸せの絶頂にいたはずなのに。
いつも優しくて紳士的で、頼れる大人の彼が、見たことがないくらい苦し気に顔を歪める前で、絶句するしかなかった。


事情が事情だからか、春馬さんは私の返事など求めていなかった。
ううん、私には最初から『承諾』以外の選択肢はなかった。


『できる限りの慰謝料を払うつもりだ。ごめん。……さようなら、泉水』


春馬さんがそう言って席を立った時、私の頭の中はまだ真っ白で、彼の方は当たり前だと思っている別れを、現実と捉えることができずにいた。


『他に子供がいてもいい。別れたくない』


もしも私が、心のままに、どう考えても常識外れの返事を口走っていたら、彼はどうしただろう。
冷静になれず、思考回路も全然正常じゃなかったけど、喉元まで出かかっていた。


それをグッとのみ込んで堪えたのは、らしくなく肩を落とし、カフェから出ていく背中が、すごく小さく見えたからだ。
別れに納得して、見送ったわけじゃない。
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