遅咲き鬱金香(チューリップ)の花咲く日
ディトの日はお天気に恵まれた。おまけに気温も高めでぽかぽかと小春日和である。
着慣れない洋装にはもってこいだったといえる。
一度試着していたものの贈られた服を朝着てみて、金香は何度も鏡を見てしまった。
おかしくないだろうか。
自分では意外と違和感が無いと思えた。
金香の持つ暗めの桃色の髪。それとすかーとの桃色がしっくり合っていたのだ。
そして濃い緑色の上着が色を引き締めている。流石、珠子の見立てであった。
そしてもうひとつ気になるのは、かわいらしいだろうか、というところ。
ディトの相手にかわいらしいと思ってほしいのは当然であろうが、初めて見せる格好なので、やはり不安である。
しかしそれはやはり杞憂であった。玄関で顔を合わせた麓乎は、顔をほころばせて「とても良く似合っている。かわいらしい」と言ってくれたのだから。
そして金香のほうも麓乎の格好にどきどきしてしまった。
町中でたまに見かけることがある、紳士の洋装だ。
上着とずぼんが同じ素材と色で作られていて、首元にはりぼんに見えるようなものがついていた。
男性の正式な服だそうで名前は『すーつ』というのだという。そしてりぼんのように結ばれているものは、りぼんとは違い、『ねくたい』というそうだ。
普段のふんわりとした和服や和洋折衷の服は、麓乎の印象そのままのやさしさを感じさせたが、ぱりっとしたその格好はまた違う魅力がある。
「先生も、とてもお素敵です」
言った金香にまた麓乎は嬉しそうに笑ってくれてディトははじまった。
どこへ行くのかしら、と思いながら金香は新しく貰った靴でついていった。少し硬くて歩く感覚が普段とまるで違うので戸惑ったけれど。
それがわかっているように麓乎はゆっくり歩いてくれた。
「そういえばずっと言いたかったのだけど。恋人としては『先生』でないほうがいいな」
道中、麓乎がふと言った。
そういえば金香からの麓乎の呼び方はまるで変わっていなかった。
麓乎からは、最初は『巴さん』と呼ばれていたが、内弟子に入ったときから『金香』になっていたので交際をはじめた時点ではなにも変わっていなかったし、これ以上近くなりようもないほど近かったのである。
確かに『先生』では『師』である。
変えたほうが良いのはわかる、と金香は思った。
が、呼び方を変えるのはなんだか気恥ずかしい。出会ってからもうだいぶ経つが、ずっと『先生』だったもので。
「名前で呼んでおくれ」
そうなるだろうとは思ったが実際に口に出すとなると、大変恥ずかしいものだった。
心の中で一度練習してから、そろそろと呼んでみた。
「ええと……麓乎、さん?」
「ああ、そのほうがいい」
金香の呼んだ、初めての名前。呼ばれて麓乎はとても嬉しそうな顔をしてくれた。
『麓乎さん』
『麓乎さん』
金香は胸の中で繰り返す。これからは交際関係としてはそう呼ぶように心がけないと。自分に言い聞かせた。
しばらくはうっかり「先生」が出てしまいそうではあるが、意識していかなければいけないだろう。
そして呼び方が変わるのはとてもくすぐったかった。金香の頬を熱くしてしまう。
師ではなく、特別な男性なのだと実感してしまって。
いや、今更なのであるが。
呼び方というのはとても大切なものだと思い知らされた。
着慣れない洋装にはもってこいだったといえる。
一度試着していたものの贈られた服を朝着てみて、金香は何度も鏡を見てしまった。
おかしくないだろうか。
自分では意外と違和感が無いと思えた。
金香の持つ暗めの桃色の髪。それとすかーとの桃色がしっくり合っていたのだ。
そして濃い緑色の上着が色を引き締めている。流石、珠子の見立てであった。
そしてもうひとつ気になるのは、かわいらしいだろうか、というところ。
ディトの相手にかわいらしいと思ってほしいのは当然であろうが、初めて見せる格好なので、やはり不安である。
しかしそれはやはり杞憂であった。玄関で顔を合わせた麓乎は、顔をほころばせて「とても良く似合っている。かわいらしい」と言ってくれたのだから。
そして金香のほうも麓乎の格好にどきどきしてしまった。
町中でたまに見かけることがある、紳士の洋装だ。
上着とずぼんが同じ素材と色で作られていて、首元にはりぼんに見えるようなものがついていた。
男性の正式な服だそうで名前は『すーつ』というのだという。そしてりぼんのように結ばれているものは、りぼんとは違い、『ねくたい』というそうだ。
普段のふんわりとした和服や和洋折衷の服は、麓乎の印象そのままのやさしさを感じさせたが、ぱりっとしたその格好はまた違う魅力がある。
「先生も、とてもお素敵です」
言った金香にまた麓乎は嬉しそうに笑ってくれてディトははじまった。
どこへ行くのかしら、と思いながら金香は新しく貰った靴でついていった。少し硬くて歩く感覚が普段とまるで違うので戸惑ったけれど。
それがわかっているように麓乎はゆっくり歩いてくれた。
「そういえばずっと言いたかったのだけど。恋人としては『先生』でないほうがいいな」
道中、麓乎がふと言った。
そういえば金香からの麓乎の呼び方はまるで変わっていなかった。
麓乎からは、最初は『巴さん』と呼ばれていたが、内弟子に入ったときから『金香』になっていたので交際をはじめた時点ではなにも変わっていなかったし、これ以上近くなりようもないほど近かったのである。
確かに『先生』では『師』である。
変えたほうが良いのはわかる、と金香は思った。
が、呼び方を変えるのはなんだか気恥ずかしい。出会ってからもうだいぶ経つが、ずっと『先生』だったもので。
「名前で呼んでおくれ」
そうなるだろうとは思ったが実際に口に出すとなると、大変恥ずかしいものだった。
心の中で一度練習してから、そろそろと呼んでみた。
「ええと……麓乎、さん?」
「ああ、そのほうがいい」
金香の呼んだ、初めての名前。呼ばれて麓乎はとても嬉しそうな顔をしてくれた。
『麓乎さん』
『麓乎さん』
金香は胸の中で繰り返す。これからは交際関係としてはそう呼ぶように心がけないと。自分に言い聞かせた。
しばらくはうっかり「先生」が出てしまいそうではあるが、意識していかなければいけないだろう。
そして呼び方が変わるのはとてもくすぐったかった。金香の頬を熱くしてしまう。
師ではなく、特別な男性なのだと実感してしまって。
いや、今更なのであるが。
呼び方というのはとても大切なものだと思い知らされた。