遅咲き鬱金香(チューリップ)の花咲く日
「……ふ、」
恐怖にぽろぽろと涙が零れ落ちる。体もその気持ちのままに固まっていた。
今日は泣きたくなどなかったのに。
幸せを覚えるところなのに。
また困らせてしまうのに。
しかしこのような状況になっては平静でいられない。どうしても恐怖感は覚えてしまうし、しかもされていることは昨夜以上である。
しかし今度は先生のほうが違ったようだ。かけられた声が平静だったので。今度は戸惑っていない。
「大丈夫だよ。力を抜いてご覧」
しかしそれは金香には難しいことだった。とっさにかぶりを振る。
恐怖感に凍り付いてしまっていて力の抜き方などわからない。
それをすべて知っているかのように、先生の手は落ち着いた様子で金香の背を撫でていく。
「ゆっくり息をして。……そう、私に合わせてご覧」
まるで子供をあやすようだった。
事実そうなのだろう。想う人に抱かれているのに凍り付くしかできない自分を不甲斐なく思うというのに、今の先生の優しさは金香にとって救いだった。
は、と浅く呼吸をして、できる限り深く吸おうとする。
鼻で息を吸い込むと、鼻腔に先生のまとう香の香りが届いて、金香の頭をくらくらと酔わせた。
そこで初めて、恐怖感ではない感覚を味わえたのかもしれない。
先生の香の、良い香り。
息を吸うのも伝わってしまうほどに近く触れ合っている体。
そして背中を優しく撫でられる。
すぅ、はぁ、とまるで初めて陸上で呼吸(いき)をする生き物のように集中している間に、金香の心は呆気ないほどにするするとほどけていった。
あたたかい。
最初にそう感じた。
触れ合った身に伝わる体温。
気持ちいい。
次に感じた。
体を受けとめてくれる大きな存在と、背中を撫でてくれる優しい手が。
そしてその存在が、手が、先生が。……愛しい。
自分の胸の中の感情に気がついた瞬間、胸の中でまたなにかが破裂した。
ただし今回のものはとても熱い。胸が火傷をしてしまいそうなほどの熱を持っていた。
すべてが溶け出し、金香は我を忘れて動いていた。
身を包まれている存在にしがみつく。抱き寄せられたまま凍り付いてしまっていたというのに。
拘束が一気に溶けて、また喉奥まで涙がこみ上げて耐える間もなく零れたけれど、今度のものはまったく意味が違っていた。
「先生、……せん、せい……っ」
苦しい息の下で呼ぶ。
しがみつくなどという無礼を働いてしまったというのに、受けとめてくれる胸も腕も、そして声も落ち着いていた。
「うん」
なにもかもわかっている、という声に受けとめられて、やっと出てくる。
胸の奥にあった、今まで恐怖感に阻まれて出てこられなかった気持ちが、今度こそ声になって。
「お慕いしております……!」
言ってしまえばもうとまらなかった。
小さな声で、しかし何度も繰り返す。
そのすべてに先生は応えてくれた。
「嬉しいよ」
「有難う」
そして、「私もきみを想っているよ」。
そう言われたときには。
そこまでたどり着いたときには。
やっと顔を上げて先生の、いや、今は師ではない、……麓乎のやわらかく細められた瞳を見つめることができていた。
恐怖にぽろぽろと涙が零れ落ちる。体もその気持ちのままに固まっていた。
今日は泣きたくなどなかったのに。
幸せを覚えるところなのに。
また困らせてしまうのに。
しかしこのような状況になっては平静でいられない。どうしても恐怖感は覚えてしまうし、しかもされていることは昨夜以上である。
しかし今度は先生のほうが違ったようだ。かけられた声が平静だったので。今度は戸惑っていない。
「大丈夫だよ。力を抜いてご覧」
しかしそれは金香には難しいことだった。とっさにかぶりを振る。
恐怖感に凍り付いてしまっていて力の抜き方などわからない。
それをすべて知っているかのように、先生の手は落ち着いた様子で金香の背を撫でていく。
「ゆっくり息をして。……そう、私に合わせてご覧」
まるで子供をあやすようだった。
事実そうなのだろう。想う人に抱かれているのに凍り付くしかできない自分を不甲斐なく思うというのに、今の先生の優しさは金香にとって救いだった。
は、と浅く呼吸をして、できる限り深く吸おうとする。
鼻で息を吸い込むと、鼻腔に先生のまとう香の香りが届いて、金香の頭をくらくらと酔わせた。
そこで初めて、恐怖感ではない感覚を味わえたのかもしれない。
先生の香の、良い香り。
息を吸うのも伝わってしまうほどに近く触れ合っている体。
そして背中を優しく撫でられる。
すぅ、はぁ、とまるで初めて陸上で呼吸(いき)をする生き物のように集中している間に、金香の心は呆気ないほどにするするとほどけていった。
あたたかい。
最初にそう感じた。
触れ合った身に伝わる体温。
気持ちいい。
次に感じた。
体を受けとめてくれる大きな存在と、背中を撫でてくれる優しい手が。
そしてその存在が、手が、先生が。……愛しい。
自分の胸の中の感情に気がついた瞬間、胸の中でまたなにかが破裂した。
ただし今回のものはとても熱い。胸が火傷をしてしまいそうなほどの熱を持っていた。
すべてが溶け出し、金香は我を忘れて動いていた。
身を包まれている存在にしがみつく。抱き寄せられたまま凍り付いてしまっていたというのに。
拘束が一気に溶けて、また喉奥まで涙がこみ上げて耐える間もなく零れたけれど、今度のものはまったく意味が違っていた。
「先生、……せん、せい……っ」
苦しい息の下で呼ぶ。
しがみつくなどという無礼を働いてしまったというのに、受けとめてくれる胸も腕も、そして声も落ち着いていた。
「うん」
なにもかもわかっている、という声に受けとめられて、やっと出てくる。
胸の奥にあった、今まで恐怖感に阻まれて出てこられなかった気持ちが、今度こそ声になって。
「お慕いしております……!」
言ってしまえばもうとまらなかった。
小さな声で、しかし何度も繰り返す。
そのすべてに先生は応えてくれた。
「嬉しいよ」
「有難う」
そして、「私もきみを想っているよ」。
そう言われたときには。
そこまでたどり着いたときには。
やっと顔を上げて先生の、いや、今は師ではない、……麓乎のやわらかく細められた瞳を見つめることができていた。