遅咲き鬱金香(チューリップ)の花咲く日
一通り笑ったあとに、やっと落ち着いて話してくれた。
「ひとまず、志樹には話したよ」
言われたことに心臓が跳ねた。
この屋敷で麓乎と一番近い志樹には真っ先に言われると思ったものの、麓乎からそう言われてしまえば平静ではいられない。
言われたこと自体と、その事実に。これから一体どんな顔をして会えばいいのだろう。
いや、はばかることはないのだけど。
しかし気まずいとは思ってしまう。
だがそんなことは些細なことだった。
次に言われたことに比べれば。
「『やっとかい。麓乎は行動が遅すぎる』と言われてしまったけどね」
やっと?
行動が?
遅すぎる?
引っかかる点が多すぎて、金香はきょとんとしてしまう。
それらの単語が示していることはつまり、はじまりから到達まで時間がかかったということで。
つまり、つまりだ。先生はかなり前から私を。
そこまで知ってしまって、頭が沸騰した。顔も赤くなったはずで、それを見て、だろう。麓乎はまた笑った。
「もうひとつ言おうか。『麓乎はわかりやすすぎるのに』との、志樹からのおことばだ」
もうどうしたら良いのかわからなかった。
わかりやすすぎる?
それはどのあたりがだろう。少なくとも金香はちっとも気付きやしなかった。
そもそも自分の恋心に気付くのだって、相当時間がかかったのだ。相手の、麓乎の内面を気にする余裕などなく。
最早なにも言えない金香に、ふと麓乎が膝を詰めてきたけれど、当たり前のように逃げる余裕などもなかった。
香の香りがふっと近付いて、とくりと心臓が反応した。
手を伸ばされて、頬に触れられる。
想いを告げられたときのような恐怖感にではなく、緊張に金香は固まってしまった。
麓乎の手は大きくてあたたかい。少し汗ばんでいるような気もした。
それはそうだろう、夏の盛り。日中は随分暑い。
けれど、それだけではないのだろうか。
ただ体を強張らせているしかなくなっている金香に麓乎はもうひとつ近付いて、金香をびくりとさせるようなことを言った。
「叱られたから、次の行動は早くしようかな」
次のとは。
『それ』は、金香が疑問を覚える前に起こった。
香の香りが強くなる。金香の眼前がやさしい焦げ茶色で埋め尽くされた。
すぐにまつげがその焦げ茶を覆ってしまったけれど。
一瞬だった。
くちびるにやわらかな感触が触れたのは。
触れた、どころではない。かすめるかのような微かなものだった。
すぐにそれは離れてしまい、気付いたときにはすぐ近くで麓乎が金香を見つめていた。
金香は馬鹿のようにその眼を見つめ返してしまう。なにが起こったのかわからなかった。
それでも、ぽたりと水滴が落ちて波紋を広げるように、『それ』は、じわじわと金香の胸に染み入っていく。
理解した途端に胸の中でなにかが弾けた。それは初めて麓乎の腕に抱かれたときと同じたぐいのものだったのだと思う。
熱い。
はじめに感じたのはそれだった。
体全体が熱くなって、焼けてしまいそうだ。
金香は思わずくちもとを覆ってしまう。
麓乎のくちびるで触れられた、そこを。
「金香」
麓乎が呼んだのは金香の名前だけだった。
が、どうしてか金香には麓乎が言いたいことがわかってしまう。
しかしそれに応えるのは難しい。視線だけ上げて、そろそろと麓乎を見た。やさしい眼で見つめられる。
数秒前に至近距離でその焦げ茶を覗き込んでしまったことを自覚してまた頭をくらくらとさせてしまったが、そのような余裕はなかった。
麓乎の手が金香の手首を掴む。
掴む、というものの、それは拘束などというには程遠い、やわい力であったが。
それでも金香は麓乎の思い通りになるしかない。
手はやすやすと除けられて、もう一度触れられる。
今度のものは、秒単位ではあったがもう少し長かった。
初めて経験するくちづけに、目を閉じるなど思いつきもしなかったし、なんなら数日するまで金香はそのことに思い至ることは無かった。
「ひとまず、志樹には話したよ」
言われたことに心臓が跳ねた。
この屋敷で麓乎と一番近い志樹には真っ先に言われると思ったものの、麓乎からそう言われてしまえば平静ではいられない。
言われたこと自体と、その事実に。これから一体どんな顔をして会えばいいのだろう。
いや、はばかることはないのだけど。
しかし気まずいとは思ってしまう。
だがそんなことは些細なことだった。
次に言われたことに比べれば。
「『やっとかい。麓乎は行動が遅すぎる』と言われてしまったけどね」
やっと?
行動が?
遅すぎる?
引っかかる点が多すぎて、金香はきょとんとしてしまう。
それらの単語が示していることはつまり、はじまりから到達まで時間がかかったということで。
つまり、つまりだ。先生はかなり前から私を。
そこまで知ってしまって、頭が沸騰した。顔も赤くなったはずで、それを見て、だろう。麓乎はまた笑った。
「もうひとつ言おうか。『麓乎はわかりやすすぎるのに』との、志樹からのおことばだ」
もうどうしたら良いのかわからなかった。
わかりやすすぎる?
それはどのあたりがだろう。少なくとも金香はちっとも気付きやしなかった。
そもそも自分の恋心に気付くのだって、相当時間がかかったのだ。相手の、麓乎の内面を気にする余裕などなく。
最早なにも言えない金香に、ふと麓乎が膝を詰めてきたけれど、当たり前のように逃げる余裕などもなかった。
香の香りがふっと近付いて、とくりと心臓が反応した。
手を伸ばされて、頬に触れられる。
想いを告げられたときのような恐怖感にではなく、緊張に金香は固まってしまった。
麓乎の手は大きくてあたたかい。少し汗ばんでいるような気もした。
それはそうだろう、夏の盛り。日中は随分暑い。
けれど、それだけではないのだろうか。
ただ体を強張らせているしかなくなっている金香に麓乎はもうひとつ近付いて、金香をびくりとさせるようなことを言った。
「叱られたから、次の行動は早くしようかな」
次のとは。
『それ』は、金香が疑問を覚える前に起こった。
香の香りが強くなる。金香の眼前がやさしい焦げ茶色で埋め尽くされた。
すぐにまつげがその焦げ茶を覆ってしまったけれど。
一瞬だった。
くちびるにやわらかな感触が触れたのは。
触れた、どころではない。かすめるかのような微かなものだった。
すぐにそれは離れてしまい、気付いたときにはすぐ近くで麓乎が金香を見つめていた。
金香は馬鹿のようにその眼を見つめ返してしまう。なにが起こったのかわからなかった。
それでも、ぽたりと水滴が落ちて波紋を広げるように、『それ』は、じわじわと金香の胸に染み入っていく。
理解した途端に胸の中でなにかが弾けた。それは初めて麓乎の腕に抱かれたときと同じたぐいのものだったのだと思う。
熱い。
はじめに感じたのはそれだった。
体全体が熱くなって、焼けてしまいそうだ。
金香は思わずくちもとを覆ってしまう。
麓乎のくちびるで触れられた、そこを。
「金香」
麓乎が呼んだのは金香の名前だけだった。
が、どうしてか金香には麓乎が言いたいことがわかってしまう。
しかしそれに応えるのは難しい。視線だけ上げて、そろそろと麓乎を見た。やさしい眼で見つめられる。
数秒前に至近距離でその焦げ茶を覗き込んでしまったことを自覚してまた頭をくらくらとさせてしまったが、そのような余裕はなかった。
麓乎の手が金香の手首を掴む。
掴む、というものの、それは拘束などというには程遠い、やわい力であったが。
それでも金香は麓乎の思い通りになるしかない。
手はやすやすと除けられて、もう一度触れられる。
今度のものは、秒単位ではあったがもう少し長かった。
初めて経験するくちづけに、目を閉じるなど思いつきもしなかったし、なんなら数日するまで金香はそのことに思い至ることは無かった。