密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 主様の格好は麦わら帽子に薄いシャツを羽織った軽装だ。かつて城で着ていた高貴な衣装も似合っていたけれど、軽装すらも着こなしてしまうことを私は知る。
 さすが主様。何を着てもお美しい……

「てそうじゃない! 主様に畑仕事をさせるなんて、ジオンは一体何をしているの!?」

 怒り任せに同行したはずの従者を探す。
 そんな私に主様はのんびりとお答え下さいました。

「ジオン? ジオンなら、ほら。あそこで畑を耕しているよ」

「ジオンも!?」

 主様の美しい指先を追う。
 少し距離はあるが、その人は今まさに鍬で畑を耕していた。硬く筋肉のついた二の腕が太陽に眩しい。

「まさか、あのやけに屈強な人って……」

 そう言われると見覚えがあるような……?
 ジオンは主様の付近が騒がしいと気付いたのか、手を止めこちらへと向かう。ジオンは揃いの麦わら帽子に、首にはタオルという姿が主様以上にさまになっていた。
 帽子を軽く上げたジオンは私の姿を見るなり大袈裟に驚いてみせる。

「お前、サリアか!? いや、懐かしいな!」

 ジオンは喜び、額の汗を拭う。一年のうちにすっかり日焼けしたようだ。
 主様の肌は白いままですが、かつての陶器のような白さよりも健康的になった気がします。

「お前元気にしてたか?」

 のんきに口を開くジオンには無性に腹が立つ。
 懐かしんでくれていることは嬉しいですよ。でもですね!? 誰か私の心を代弁してほしい。

「私は見ての通りです! それより、主様になにをさせているんですか!」

「サリア、これは俺がやりたいと言い出したことなんだ」

 隣から、まさかの申告がありました。

「言ったろ。君のために野菜を育てるって」

「覚えていて下さったのですか!?」

 思わずそう答えてしまいましたが、てっきりあれは私を勇気付けるための冗談かと……

「忘れたことはないよ」

 主様が帽子を脱ぎ、すかさずジオンが受け取った。こうしていると従者と主に見えなくもないけれど、その手にあるのは鍬と麦わら帽子だ。

「サリア。これを」

 主様から差し出されたそれを私は躊躇いもなく受け取る。

「トマト?」

 何の変哲もないトマトだ。しいて挙げるのなら、太陽の光をたっぷりと浴びて艶やかに育った食べ頃の、主様が手ずから収穫されたトマトである。
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