密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「君のために育てたんだ」

「一生大切に致します!」

 呼吸をする間もなく応える。私のためと言われて大切にしないはずがありません。大切過ぎて永遠に保管していたいくらいです!

「懐かしいな、このノリ。トマト一つでそこまで喜ぶの、お前くらいのもんだぜ」

 私に言わせるのなら、ジオンの発言こそ懐かしいですよ。一年離れていたはずが、口を開けばあの日の延長のように語らっているんですから。

「だって、主様が私のためって! 主様が!? ど、どうすれば……このトマト食べられない!」

「安心して。まだたくさんあるよ」

 主様が両腕を広げれば、見渡す限りの畑が映る。ジオンが耕していた場所にはこれから別の野菜を植える予定らしい。

「早く君の手料理が食べたいな」

 主様は当然のようにおっしゃられた。
 私がここにいることを不思議にも思わず受け入れて下さる。疑いもせず、一年も前の約束を昨日のことのように語って下さった。

「お、それ俺も興味あるな!」

「誰がジオンに食べさせると言いましたか。私は主様専属料理人なんですよ!」

「いいじゃないか。三人で食卓を囲むなんて、初めてのことだろう」

「はい!」

 主様の望みであるのなら、私は喜んで掌も返します。
 ジオンからは相変わらずだなという視線を感じた。

「これからはずっと一緒だね」

「はい!」

 私は間を置かずに答えましたが、主様はどこかしっくりきていない様子でした。何か答えを間違えたのでしょうか……不安が生まれていく。
 するとジオンがわかりやすく主様に耳打ちをした。

「僭越ながらルイス様。また誤解が生まれてはいけません。加えてこいつは鈍く、ここは直球で申し上げるべきかと」

「ああ、そうだったね。それが俺の失敗だ」

 私の目にはその様子が随分と親しげに映っておた。主と従者ではなく、まるで親しい友のようにも感じさせるほど気安い。
 二人は私が料理修業に励んでいる間も共に過ごしていた。同じ家で寝食を共にし、毎日顔を合わせていたに違いない。めらめらと、再び私の嫉妬が呼び起されようとしていた。
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