密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 肩書こそは従者となっているが、自分は持ち前の戦闘能力を生かして護衛も兼ねている。体格や実力で言えば無論、ルイス様より自分の方が強いだろう。腕力でならねじ伏せるのは簡単だ。
 ただし腕力で言えば、である。それ以前にルイス様には逆らえないようなオーラがあった。これが上に立つ人間の力というやつだろう。
 だが、まあ、その……自分としても多少、反省してはいる。
 サリアは確かに自分との会話の後、あの結論に達したわけで。自分が何らかの引き金を引いてしっまったことは事実だろう。それ故のぬぐえない申し訳なさがこみ上げている。
 そんな自分は生きてこの部屋を出ることが出来るのか……
 もう一度、ごくりと唾を飲みこんだ。

「確かに俺はサリアのことを気に掛けてほしいと頼んだね。けどおかしいな……俺は料理人になるようけしかけろと頼んだ覚えはないよ」

「い、いや、それはですね!」

「俺、何か間違ったことを言った?」

「おっしゃる通りです……」

 いや諦めるなよ、俺! それでも泣く子はさらに泣き出す顔面凶器と恐れられた男かよ!
 頭が上がらないのはいつものことだが、今日は顔も上げられない始末だ。目が合おうものならやばい。石にでもされそうだ。
 ルイス様は見せつけるように大きなため息を吐いた。
 
「いや、わかってはいるんだ。ジオンばかりを責めることは出来ないと。兄上との食事で口を滑らせてしまったのは俺だ。まさかサリアに聞かれているとは思わなかったよ。本当に、あの子は優秀な密偵に育ってくれたな」

 事情を聞けばルイス様にも責任の一端はあるという。もちろんルイス様にとってもあのような展開は予想外だったろう。同情するような心地で頷いていた。
 まったくもってその通りだ。サリアは優秀な密偵すぎてしまった。壁越しには耳を澄まし、窓辺から室内を観察することは日常だ。

 それなのに、それなのに!

「なんであいつは密偵としては優秀なくせに自分のことになると疎いんだよ!」

 この一言にはさすがにルイス様も苦笑していた。
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