密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します！
「ほら、お前も挨拶くらいしたらどうなんだ！　マリス！」

　怒鳴りつけるように名指しされたマリスは副料理長だ。
　彼は料理長のユーグと比べると随分と若く、調べによればまだ二十歳だとか。野心家で人とのコミュニケーションが苦手。小さなミスでも指摘してくるので小言が多いというのが調査の結果である。
　自分の料理に絶対の自信を持っているので料理長のことが気に入らないという話も多い。今も随分と長い間をおいてから、しぶしぶといった様子で会釈をするに留まっている。二人の仲は噂通り、険悪のようだ。
　とはいっても、それはマリスが一方的な態度を取っているためである。彼は根に持つタイプで、かつて料理長に料理勝負で負けたことに、未だに拘っているらしい。自分の方が実力があるのに、それを正当に評価してもらえない現在の地位が気に入らないのだとか。
　上手く付き合っていくのなら彼の前で料理長を褒めるような言動は控えた方がいいだろう。
　厨房では身分を問わず色々な人間が働いているが、料理長と副料理長が花形の調理を担当する。事前情報では二人とも人使いが荒くて有名だった。

「厨房はいつでも人手不足だからな。やる気のある新入りは歓迎する。特にこれからは新王陛下の即位式に向けて戦力を整えて行かなきゃならない時期だ」

　品定めを終えた料理長はひとまず歓迎の意を示してくれる。喜んで雇ってもらえたのなら好都合ではあるけれど、その理由は複雑だ。

「おい、カトラ！　新入りだ。色々教えてやんな」

「はーい！」

　興味深そうに私たちのやり取りを眺めていた女性が手を上げる。
　私が新人として雇われたことで先輩に昇格した勤務二年目のカトラだ。年の頃は私とほとんど変わらないだろう。
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