密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「そろそろ会いに来てくれなかった理由を聞かせてくれないか?」

「それは……」

 なるほど、これは尋問のための包囲らしかった。

「サリア?」

 主様が返答を望んでいらっしゃる。であれば迅速な報告は密偵の義務だ。

「私には資格がありません」

 私が主様にお会いするためには主従という関係が必要だった。けれどその絆はなくなってしまった。

「私はもう主様の密偵ではありません。ですから私には……なにもないんです。そんな私がどうして王子殿下に会えるというのですか!?」

「そんな風に考えていたの?」

 辛うじて頷く。
 これが最後だから、主様はこのようなことを訊くのだろう。ならば自分も、いっそ気になっていたことを聞いてしまおうか。

「私も一つだけ、お訊きしてもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「主様はお優しい方です、とても。だからこそ考えずにはいられませんでした」

 勢い勇んでおきながら、表情を窺うのが怖くて俯いてしまう。

「あの時、幼い頃に出会ったあの日。あの場にいた人間が私ではなくても主様は助けていましたか?」

 あの時、もしも攫われていた子どもが私でなくても助けましたか?
 もしもお仕えしたいと申し出たのが私でなくても、そばに置いたのでしょうか?
 私は特別な人間ではないから、どうしたって考えてしまう。

「そうだね。助けたと思うよ」

 それでこそ私の主様です。
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