密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 御者は肯定的に捉えるが、俺はどうにも複雑だ。
 見守っているというよりも、監視されているような感覚に近い。鳥相手に何をいっているのか、自分でも不思議でならないけどね。

 席へ戻りながら、一人残していく彼女を想う。
 サリアがやると言ったのなら、あの子は必ず成し遂げる。なら自分がすべきことは彼女を待ち続けることだ。
 ジオンは料理の腕が不安だと話していたが、たとえ時間がかかったとしても、サリアが俺の信頼を裏切ったことはない。今回のことも長期の任務と思えばいいだろう。
 また会える日を楽しみにしているよ。その時には今度こそ、きちんと名前を呼んでほしいと思う。
 離れゆく故郷に未練があるとしたら、それはサリアのことだろう。不安には感じていないが、心配はするさ。

「サリアの奴、大丈夫ですかね」

 ジオンも同じことを考えていたらしい。もっともジオンの場合は料理に対する不安が大きいだろうけどね。

「俺はサリアを信じているからね。でも、そうだね。少し心配もしているかな」

「ルイス様?」

「サリアは可愛いからね。兄上に見つかったら大変だ」

 サリアは自身の容姿に無頓着だが、小さかった女の子は見違えるように美しく成長した。兄でなくとも余計な虫が寄ってこないか心配だ。
 そしてもしも、自分のことを快く思っていない兄に見つかってしまったら。嫌がらせをされてしまうのではないか。可愛いサリアが心配でたまらない。

「ルイス様は心配性ですね。大丈夫でしょう。サリアは厨房勤務、間違っても王子殿下との接点はありませんよ!」

 ジオンが豪快に笑う。はたして自分のこれも杞憂なのだろうか。

「そうだね。心配し過ぎ、かな」

 ジオンの言う通りかもしれないな。考えすぎかと、俺は嫌な想像を消し去ることにした。

「待っているよ。サリア」

 不安を消し去る呪文のように、最愛の少女の名を呼んだ。
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