密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「どうかしましたか?」

 声をかければ少女が振り返る。

「あ、助かりました! 私、父にお弁当を届けに来て、迷ってしまって……」

「お父様?」

「はい。料理長の、ユーグです」

「ああ、料理長の」

 愛妻家で家族を大事にしていると個人情報にあったことを思い出す。
 確か娘の名は――

「はい! 娘のリーチェです」

 私が父親を知っていたことで安心したらしい。不安げだった表情がぱっと明るくなった。

「時間があるのなら案内しましょうか? 私が手渡すより娘さんから受け取った方が嬉しいでしょうから」

「ありがとうございます!」

 これだけ元気にお礼が言えるのなら密偵ではないだろう。疑ってしまったことを申し訳なく思うが、これも職業病なので許してほしい。
 厨房に案内すると料理長は初めて見せるような笑顔で娘を迎えた。でれでれというやつだ。
 確かに自分と違って愛嬌のある、見るからに可愛いらしい娘さんだ。これだけ可愛ければ大切にもするだろう。
 届け物を受け取った料理長は迷いやすいというリーチェを城門まで送って行く。リーチェは律儀にも私にまでしっかりと挨拶をしてから厨房を後にした。
 そんな二人の背中を見ていると、何故かジオンのことを思い出す。
 私とジオンは親子ではないし、ましてや血の繋がりもない。それなのにどうしてあのお節介な人の顔が浮かぶの……?
 まるで料理の習得を急かされているようで、じっとしていられなくなる。
 明日は休日。となれば私のやることは一つ。自分を信じて待っていてくれる人たちのためにも料理修行を決行することにした。
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