密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 本日の厨房は料理長の盛大な驚きから幕を開けた。

「ああ!? マリスの奴が風邪!?」

 伝令係からもたらされた内容は一瞬にして厨房を駆け巡る。

「たく、大丈夫なのか?」

 真っ先に相手を気遣う言葉が飛び出したことで驚かされる。やはり敵視しているのは副料理長が一方的にという部分が強いらしい。

「しかし困ったな。今日は来客が多い……。カトラ、手が空いたらとにかく俺を手伝え」

「はい!」

「新入りはいつも以上に手を動かせよ」

「はい」

 短い打ち合わせを終えると各自持ち場に移る。料理長の言うように、今日はいつも以上に忙しくなるだろう。

 やがて目まぐるしく過ぎていく厨房にも昼は訪れる。料理長の掛け声で私にも休憩が回ってきたところだ。

「悪いがまかないを作っている暇がない。お前、リーチェと料理してたくらいだ。なんか作れんだろ?」

 つまり、私にまかないを用意しろと?
 私にまで調理が回ってくるとは異例なことだ。よほど手が足りないらしい。
 期待されたからには応えてみる。それが元密偵として主様の期待に応え続けた私の主義だ。
 何を作るかはすでに決まっていた。
 まずはこれまで観察し続けた料理長の動きを頭に想い描く。
 用意するも、その手順。どれも完璧に覚えている。使用する調味料の加減も日々の日課から割り出し終えていた。
 そうして見よう見真似で作り上げたメニューを見た料理長は、信じられないと言って料理と私を交互に見比べてくる。

「これは俺の……味は!?」

 一口食べた料理長は愕然と呟いた。

「完璧に再現してやがる……」

 結論から言って、私が作ったまかないは好評だった。料理長の料理を完璧に再現してみせたのだから当然だ。

「お前、まさか一口食べただけで俺の料理を再現したってのか!?」

「いえ。見ていればわかります」
< 75 / 108 >

この作品をシェア

pagetop