密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 そんな私がなんとか仕事を終え城内を歩いていると、前から歩いてくるメイドと目が合って離れない。向こうも私に視線を固定していることから、おそらく話があるのでしょう。
 あまりかかわりたくはない相手なんですけどね。

「こないだはどうも」

 こうして顔を合わせるのは夜の厨房以来だ。
 にこやかな表情で話しかけられているけれど、目の奥はちっとも笑っていない。当然だ。

「お元気そうで何よりです」

 もちろん皮肉で、それは相手にもしっかりと伝わっていた。

「あんたのせいでたんこぶに青あざ尽くしよ……って、まあそれは私の力が足りなかったからで、他人を責めるのは違うってわかってる。けど恨み言を聞くくらいはしてくれてもいいんじゃない?」

 丁寧だった口調は明らかに雑なものへと変わっている。厨房でも口は悪かったし、これがこの人の本性なのでしょう。

「それは私の業務内容には含まれておりません」

「可愛くないわねえ」

「余計なお世話です」

「まあいいわ。訊いたんでしょ? あたしの処遇」

 陛下の密偵に寝返ったんですよね? 
 堂々と城内を歩き回れるということは、本当なんですね。

「あたし、あんたの監視を任されたの」

「は?」

 この人、今なんて?
 仮に本当だとして、本人目の前にして言います?
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