密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 驚く私を前に、厭味たっぷりの笑みが向けられている。先ほどの皮肉の仕返しでしょうか。

「今日はその挨拶にね」

 確かに主様の関係者を自由にしておくことに不安があるという気持ちもわかります。純粋に料理人を志している私としては潔白ですが、懸命な判断だと思います。けど、この人に頼みますか!?

「あら、不服って感じの顔ね」

「わけもわからず監視すると言われて喜ぶ人はいないと思います」

「驚いた?」

「いきなり監視すると言われて驚かない人はいないと思います。そもそも監視対象に話していいんですか?」

「さあ? でもあんたのこと、驚かせてやりたくてね。話すなとも言われてないわー」

「本当に、陛下の下で働いているんですね」

「あら、寝返りは嫌い? こっちの方が給金もいいのよ」

 別に寝返りを否定するわけじゃない。誰のために仕事をするか、選ぶのは個人の自由だと思う。もちろん裏切りも含めて。
 ただ私には理解が出来なかっただけ。主様は私にはもったいないほどの給金を下さった。けど私はお金で動いていたわけじゃない。いくら積まれたって誰かに寝返ることはあり得ないから。
 表立って反論すれば主様側の人間であることを認めることになる。だから私は何も言えないけれど、無言のまま反論を抱き続けていた。
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