密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 私が陛下から直々に呼び出された事件は、またしても厨房を始め城内の至るところで話題となっていた。厨房がこれほどの脚光を浴びたことはないと、料理長は大喜びだ。

 ところでこれは副料理長の言うように陛下に認められたと思っていいのでしょうか。
 主様の宿敵に認められるなど遺憾ではありますが……
 料理長に褒められた時。リーチェに褒められた時。陛下相手ではそのいずれとも違う感情が呼び起されていました。波風が立てられるような、ざわざわと木々が揺らされるような。非常に心が騒めいています。

 けど、ああして対面したことでわかったこともある。実際に話してみた陛下は、思ったよりも普通の人だった。
 これまで私はあの人を血も涙もない冷徹な人間だと思っていた。陛下について調べれば調べるほど、敵対する者には容赦のない制裁を加えていることを見せつけられてきた。
 それなのに、ただの料理人を褒めるとはどういうことだろう。あの人は興味すらないと思っていた。

「さーちゃん!」

 はっ!
 頭上から聞こえたモモの声で目が覚める。そう、まるで目を覚ませと言われているようだった。
 いけない。何を好意的に捕らえているの? ちょっと褒められたからって、あの人が主様に何をしたか忘れるな!
 簡単には騙されない。あの人は非道な人。少しくらい優しくされたからといって絆されてやるものですか!
 それなのに主様は許せとおっしゃる。考えるほど、私は陛下という人のことがわからなくなっていた。

「さーちゃん! さーちゃんてば!」

 モモの声で我に返る。陛下のことを考えたり、迷いが生まれた時、いつも現実へと引き戻してくれるのはモモの存在だ。
 肩に止まると、さっそく報告をしてくれた。

「さーちゃん、ちょっと面倒なことになりそうよ」

 モモからの知らせに耳を傾ける。彼女は非常に優秀な密偵だった。
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