密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 深夜、厨房では怪しい一つの影が暗躍していた。
 明かりは最小限に抑えているが、働きなれた現場では暗くても問題ないのでしょう。

 綺麗に片付けられた調理台には大鍋だけが鎮座している。
 並々と注がれた液体は、明日のために私が仕込んでおいたスープだ。陛下が楽しみにしていると去り際に言い放ったものがこれにあたる。

 暗闇から伸びた手は迷いなく鍋へと伸びていた。
 あと少しで鍋に振れる。そんな絶妙のタイミングで私は声を上げた。

「止めた方が良いですよ」

 それに触れたのなら、後戻りは出来ません。
 明かりを灯せば、鍋に手を触れようとする副料理長の姿が浮かんだ。

「なっ!?」

 眩しさに目を眩ませながらも、その顔には焦りが浮かんでいる。

「どうしてここにと言いたいようですが、見張っていました」

 モモがですけど!

「何故、僕を……」

「様子がおかしかったものですから」

 このところ副料理長からは、それはもう熱い視線を送られていました。表向きは遠巻きに眺めているだけでも、私にははっきりと、敵意が伝わっていましたよ。
 それなのに仕事中は上の空。出会った時に感じた熱意は息をひそめているんですから、おかしいとも感じるでしょう。
 そんな時にモモがくれた情報です。
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