密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
 聞けば陛下と接触があったとか。ガラス越しのため会話までは聞き取れなかったそうですが、陛下と別れた後の副料理長は遠くからでもわかるほど動揺していたらしい。
 私はこれまで仕事上、たくさんの人間を目にしてきました。その経験か、気配の変化には敏感です。事件を起こす前であったり、逃げ出す前であったり、そういった人間は大抵いつもと様子が違っているものですからね。

「僕の様子がおかしいと、君に何か関係があるのか?」

「同僚ですから」

「なんだって?」

 副料理長の目が信じられないと語る。もしかして、私の口から飛び出したのが意外ですか?
 私だって不思議ですよ。こんなの私らしくありません。
 これまでの私なら、こんなことは言いませんでした。仮に副料理長が何かに悩んでいても、関係ないと事件の解決を優先したでしょう。誰かの事情に巻き込まれるなんて厄介以外のなんでもありません。
 でも今回は、なんとかしたいと身体が動いていたんです。それは私がこの場所を大切に思っているからで、副料理長のことを同じ職場で働く仲間と認めているからでしょう。
 こういうの、まるでジオンみたいですね。
 かつての同僚が自分に寄り添ってくれたことを、あまりにも自然に想い出していました。
 あの時はお節介だと思いましたが……本当は嬉しかったのかもしれません。だから副料理長にも、そういう人がいてほしいと思ったんですよ。

「私たち、秘密の話をした仲じゃないですか」

「あれは、忘れてくれて構わないと……」

 弱気な態度も発言も、貴方らしくありません。

「副料理長、最近は貴方の料理に熱意が感じられません。料理長を見る眼差しも、以前とは変わっています。以前はもっと、その瞳は野心に溢れていたものと記憶していますが」

「君に何がわかる!」

「何も。ただ、せっかく私たちが仕込んだ料理は無駄にしないでいただけますか。陛下も楽しみにして下さっているそうなので」

 陛下の名を出せば副料理長は明らかに取り乱していた。
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