密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「うるさい! 君はいいよな。料理長からも、陛下からも認められて。なのに僕は……」

 わざわざ楽しみにしていると陛下が私を煽ったのは、料理長が行動を起こす可能性を見込んでいたからでしょうか。私に恥でもかかせたかったのかもしれませんね。期待されていた料理が用意出来ないとなれば、私は謝罪するしかありません。おそらく副料理長は陛下に利用されたのでしょう。

「副料理長。貴方はもっと、料理に対しては真摯に向き合っていたはずです。思い出してください」

「何を言うかと思えば、新人の君に諭されたところで心は動かないよ。余計なお世話だ」

「では料理長はいかがでしょう。料理長とは付き合いも長いですよね」

「何を言い出すかと思えば」

「副料理長、料理長は貴方の実力を認めていました。そうですよね。料理長?」

「ああ、新入りの言う通りだぜ」

 さすがに私の背後から料理長が登場したとなれば副料理長も大慌てだ。もちろん私がこうなることを見越して呼び出しておきました。深夜にもかかわらず、快く応じて下さいましたよ。

「何があった、マリス。お前は生意気で、負けん気が強くて、それでいて人一倍料理が好きだった。それなのに、お前は今何をしようとした?」

 副調理長は明らかに目の前の料理を台無しにしようとしていた。そんなことは料理人のすることじゃないと、料理長は彼を責めている。

「僕は……」

「いずれ俺の後を継ぐんだろ。胸張って料理してりゃいいじゃないか!」

「僕は、僕には無理だ! 僕は弱い。料理長や、サリアのようにはなれない!」

「どういうこった?」

「僕は、素直にサリアの出世を喜べませんでした。陛下にサリアのことを聞かれて、サリアに期待していると話をされて、目の前が真っ暗になった。サリアに先を越されてしまうことが怖かった。料理長だってサリアを認めているでしょう!?」

「それで足を引っ張ろうってか」

「そうですね。ああ、情けない……見られてしまったからにはもう、ここで働く資格はありません。僕は大人しく辞めますよ」
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