密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「お前!」

「後は期待の新人サリアにでも任せればいい! 僕に料理は向いていない!」

 副料理長は怒り任せに叫んでいますが、怒りたいのはこっちの方です。

「辞めるですって?」

 その言葉は私の逆鱗に触れた。
 静観していたはずの私はいつしか呆然と繰り返していた。

「ああそうだ! もうこんなところ辞めてやる!」

 私はなおも大声でその言葉を繰り返す副料理長に詰め寄っていた。

「副料理長、少しよろしいでしょうか」

 緊迫する厨房で、私は発言権を求め手を上げる。

「なんだよ!」

 副料理長が鬱陶しそうに振り返る。

「副料理長。貴方の料理への執着はその程度のものだったんですか。料理が好きだったのでしょう。それなのに、たったこれだけで辞めてしまうんですか。誰かに辞めろと言われましたか? ねえ料理長!?」

 かっとなった頭で料理長に意見を求める。

「い、いや、俺は何もいってねえ!」

 料理長は身の潔白を示すように両手を上げていた。

「ですよね!? だとしたら私には理解出来ません。何故続けられる道があるのに辞めてしまうのです? それも自分から!」

 私が、私がどんな気持ちで主様の元を去ったか……そんな思いで退職したのか貴方にわかりますか!?

 気付けば私は副料理長の襟首を掴んで揺さぶっていた。
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