身ごもり秘夜~俺様御曹司と極甘な政略結婚はじめます~
部屋に戻り灯りをつけて、リビングでラグの上に座り込む。膝の上でバッグを抱え込んだ。
唇の感触が、今もまだ残っている。初めてというわけでもないのに、ただ触れ合わせる優しいキスだけなのに、頭の中にヴェールがかかったようにぼんやりとしてしまう。
……現実かな。閑ちゃんとキスするなんて。
この時になって初めて、これまで自分が結婚に実感が持てていなかったのだと自覚した。いや彼が、夫となるということに関してだろうか。
琴音にとって閑は大好きな幼馴染で王子様で初恋の人で忘れた人で、それでいて長く会っていなかった遠い人でもあったのだ。それが、キスしたことで急速にリアルな感触となって目の前に迫ってきた。
もちろん、まったく嫌だというわけではなくて。
ただ、どきどきして苦しくて、どうしたらいいかわからないくらいに自分が自分でいられない。
まだ唇が熱いような気がして、左手で触れようとした。すると視界の下の方で、きらりと光るものがある。
閑がくれた指輪だ。
それを目にした途端、もうどうしようもなく身体の奥から感情と熱が込み上げてくる。
「んあ――っ だめ、恥ずかしい!」
両手で顔を覆いながら、ラグの上で猫のように丸くなり身悶えた。
――こんなことで狼狽えて身悶えてどうすんの……!
結婚したら、毎日顔を合わせるのだ。そうしたら少しは、慣れるだろうか。
「……はぁ。幸せかもしれない」
ひとしきり悶えたあと、それでもまだぼうっとしたまましみじみと呟いた。
幸せかもしれない。きっと幸せになれる、そんな気持ちに、してくれた。
ただちょっと、結婚生活に慣れるには時間がかかるかもしれない。そう思った。