傘と猫
【捨て猫】
部活も終わって、奈津子と昇降口を出る。
奈津子と並んで、傘を開こうとすると、隣で乱暴にジャンプ傘が開いた。
「わ」
男性物の大きな傘、思わず視線を上げると──げっ、小山廉一!
げ、と言う気持ちが目に出てしまったのだろうか、ぎろりと睨まれ、私は慌てて前方に目をやる。
奈津子と並んで傘に入って歩き出そうとすると、その脇を小山は大きな歩幅で歩き出した。
歩幅の差は単に身長差なんだろうけど、その背は「間違ってもお前らと並んで歩くものか」と言っているような気がした。
*
奈津子とくだらない事を喋りながら、駅までの道を歩いていた。
あいあい傘なのもあって、ゆっくりゆっくり歩いていた。とその目の前に、脇から突然人が現れる。
「きゃ……!」
奈津子とふたり、声を上げて思わず揃って傘を握り合う。
その人物は男だった、雨を避けるために鞄を頭に乗せていて、その腕に隠れて私達が見えなかったようだ。
「あ、すみませ……」
初めて、その声を聞いたような気がした。
謝りながらこちらを見たその男は、小山廉一、だった。ぶつかりそうになったのが私達だと判って、途端に目つきが険しくなって、眉間に皴が寄る。
「小山?」
奈津子が声を掛けると、ふんとでも言いたげに睨まれ、何も言わずに駅に向かって歩き出す。
「あいつ、何やってたの?」
出て来た場所は路地だった、その奥には空き家があると知っている。ろくに人が出入りしない場所だ。
「さあ……」
しかも、傘。あいつ、傘、持ってたはず──そう思って視線を転じた、彼が出て来た路地の奥に──。
傘が、開いた状態で地面に置かれていた。
「──あれ」
思わず指さした。
「小山の傘?」
奈津子も不思議に思ったみたい。お互い相談もしてないのに、そこへ向かって歩いていた。
覗き込んで驚いた、濡れてぐしょぐしょになった段ボールがあった。その中にはやはり濡れて、原型すら留めていない新聞紙、そして──。
「捨て猫……!」
濡れそぼった猫がいた。
小さな仔猫は生後何時間ってくらいではないだろうか? 目も開いていない。
いつからここに居たのだろう、三匹もいるのに、既に一匹は息絶えているようだ──可哀想に。
残った二匹も衰弱している、一匹は微かに呼吸しているのが判った、もう一匹だけが、私達を見てか細い鳴き声を上げた。
「小山……この子達が濡れないようにって、傘を──」
奈津子が微かに声を震わせて言った、うん、判るよ、あんな怖そうな男でも優しいとこがあるって感動しちゃう。
「でも、ここにいたら死んじゃう」
傘を置いて行ったって事は、たぶん小山は戻ってくるつもりがあるのかもしれない、でも一時的にもこの子たちをここに置いて行ったと言う事は、すぐには連れて帰れない事情があるんだろうな。
「奈津子、小山の連絡先、知っている?」
「知る筈なかろう」
「だよね」
私も知らないもん。
だから私は傘を奈津子に預けて、鞄からノートを取り出した。
「美紗?」
不安定で汚い字だけど、それを書く。
『猫達と傘はうちで預かります。
傘は明日、学校で返すね。
長崎美紗』
「え、預かるって」
文面を見た奈津子が言う。
「うちはもう二匹居るから、もう二匹くらい増えても大丈夫」
か、どうかは判らないけど。母も猫は好きだ、こんな状態の仔猫を見て放置できるはずが無い。
ノートを破った手紙を段ボールとコンクリートの壁の間に挿し込んだ。
そして、制服のジャケットを脱いで膝に広げると、生きている二匹をそこに乗せる。そしてもう息絶えた一匹は、その二匹に掛かっていたタオルで包んで──それは乾いていて温かいものだと初めて判った、これもきっと小山が掛けたんだろう。それに包んで二匹と並んでジャケットに包み込んで抱き上げた。
その三匹を、小山の男物の大きな傘で守りながら歩き出す。
奈津子と並んで、傘を開こうとすると、隣で乱暴にジャンプ傘が開いた。
「わ」
男性物の大きな傘、思わず視線を上げると──げっ、小山廉一!
げ、と言う気持ちが目に出てしまったのだろうか、ぎろりと睨まれ、私は慌てて前方に目をやる。
奈津子と並んで傘に入って歩き出そうとすると、その脇を小山は大きな歩幅で歩き出した。
歩幅の差は単に身長差なんだろうけど、その背は「間違ってもお前らと並んで歩くものか」と言っているような気がした。
*
奈津子とくだらない事を喋りながら、駅までの道を歩いていた。
あいあい傘なのもあって、ゆっくりゆっくり歩いていた。とその目の前に、脇から突然人が現れる。
「きゃ……!」
奈津子とふたり、声を上げて思わず揃って傘を握り合う。
その人物は男だった、雨を避けるために鞄を頭に乗せていて、その腕に隠れて私達が見えなかったようだ。
「あ、すみませ……」
初めて、その声を聞いたような気がした。
謝りながらこちらを見たその男は、小山廉一、だった。ぶつかりそうになったのが私達だと判って、途端に目つきが険しくなって、眉間に皴が寄る。
「小山?」
奈津子が声を掛けると、ふんとでも言いたげに睨まれ、何も言わずに駅に向かって歩き出す。
「あいつ、何やってたの?」
出て来た場所は路地だった、その奥には空き家があると知っている。ろくに人が出入りしない場所だ。
「さあ……」
しかも、傘。あいつ、傘、持ってたはず──そう思って視線を転じた、彼が出て来た路地の奥に──。
傘が、開いた状態で地面に置かれていた。
「──あれ」
思わず指さした。
「小山の傘?」
奈津子も不思議に思ったみたい。お互い相談もしてないのに、そこへ向かって歩いていた。
覗き込んで驚いた、濡れてぐしょぐしょになった段ボールがあった。その中にはやはり濡れて、原型すら留めていない新聞紙、そして──。
「捨て猫……!」
濡れそぼった猫がいた。
小さな仔猫は生後何時間ってくらいではないだろうか? 目も開いていない。
いつからここに居たのだろう、三匹もいるのに、既に一匹は息絶えているようだ──可哀想に。
残った二匹も衰弱している、一匹は微かに呼吸しているのが判った、もう一匹だけが、私達を見てか細い鳴き声を上げた。
「小山……この子達が濡れないようにって、傘を──」
奈津子が微かに声を震わせて言った、うん、判るよ、あんな怖そうな男でも優しいとこがあるって感動しちゃう。
「でも、ここにいたら死んじゃう」
傘を置いて行ったって事は、たぶん小山は戻ってくるつもりがあるのかもしれない、でも一時的にもこの子たちをここに置いて行ったと言う事は、すぐには連れて帰れない事情があるんだろうな。
「奈津子、小山の連絡先、知っている?」
「知る筈なかろう」
「だよね」
私も知らないもん。
だから私は傘を奈津子に預けて、鞄からノートを取り出した。
「美紗?」
不安定で汚い字だけど、それを書く。
『猫達と傘はうちで預かります。
傘は明日、学校で返すね。
長崎美紗』
「え、預かるって」
文面を見た奈津子が言う。
「うちはもう二匹居るから、もう二匹くらい増えても大丈夫」
か、どうかは判らないけど。母も猫は好きだ、こんな状態の仔猫を見て放置できるはずが無い。
ノートを破った手紙を段ボールとコンクリートの壁の間に挿し込んだ。
そして、制服のジャケットを脱いで膝に広げると、生きている二匹をそこに乗せる。そしてもう息絶えた一匹は、その二匹に掛かっていたタオルで包んで──それは乾いていて温かいものだと初めて判った、これもきっと小山が掛けたんだろう。それに包んで二匹と並んでジャケットに包み込んで抱き上げた。
その三匹を、小山の男物の大きな傘で守りながら歩き出す。