傘と猫
【捨て猫】
部活も終わって、奈津子と昇降口を出る。

奈津子と並んで、傘を開こうとすると、隣で乱暴にジャンプ傘が開いた。

「わ」

男性物の大きな傘、思わず視線を上げると──げっ、小山廉一!

げ、と言う気持ちが目に出てしまったのだろうか、ぎろりと睨まれ、私は慌てて前方に目をやる。

奈津子と並んで傘に入って歩き出そうとすると、その脇を小山は大きな歩幅で歩き出した。
歩幅の差は単に身長差なんだろうけど、その背は「間違ってもお前らと並んで歩くものか」と言っているような気がした。





奈津子とくだらない事を喋りながら、駅までの道を歩いていた。
あいあい傘なのもあって、ゆっくりゆっくり歩いていた。とその目の前に、脇から突然人が現れる。

「きゃ……!」

奈津子とふたり、声を上げて思わず揃って傘を握り合う。
その人物は男だった、雨を避けるために鞄を頭に乗せていて、その腕に隠れて私達が見えなかったようだ。

「あ、すみませ……」

初めて、その声を聞いたような気がした。
謝りながらこちらを見たその男は、小山廉一、だった。ぶつかりそうになったのが私達だと判って、途端に目つきが険しくなって、眉間に皴が寄る。

「小山?」

奈津子が声を掛けると、ふんとでも言いたげに睨まれ、何も言わずに駅に向かって歩き出す。

「あいつ、何やってたの?」

出て来た場所は路地だった、その奥には空き家があると知っている。ろくに人が出入りしない場所だ。

「さあ……」

しかも、傘。あいつ、傘、持ってたはず──そう思って視線を転じた、彼が出て来た路地の奥に──。

傘が、開いた状態で地面に置かれていた。

「──あれ」

思わず指さした。

「小山の傘?」

奈津子も不思議に思ったみたい。お互い相談もしてないのに、そこへ向かって歩いていた。

覗き込んで驚いた、濡れてぐしょぐしょになった段ボールがあった。その中にはやはり濡れて、原型すら留めていない新聞紙、そして──。

「捨て猫……!」

濡れそぼった猫がいた。
小さな仔猫は生後何時間ってくらいではないだろうか? 目も開いていない。
いつからここに居たのだろう、三匹もいるのに、既に一匹は息絶えているようだ──可哀想に。
残った二匹も衰弱している、一匹は微かに呼吸しているのが判った、もう一匹だけが、私達を見てか細い鳴き声を上げた。

「小山……この子達が濡れないようにって、傘を──」

奈津子が微かに声を震わせて言った、うん、判るよ、あんな怖そうな男でも優しいとこがあるって感動しちゃう。

「でも、ここにいたら死んじゃう」

傘を置いて行ったって事は、たぶん小山は戻ってくるつもりがあるのかもしれない、でも一時的にもこの子たちをここに置いて行ったと言う事は、すぐには連れて帰れない事情があるんだろうな。

「奈津子、小山の連絡先、知っている?」
「知る筈なかろう」
「だよね」

私も知らないもん。
だから私は傘を奈津子に預けて、鞄からノートを取り出した。

「美紗?」

不安定で汚い字だけど、それを書く。

『猫達と傘はうちで預かります。
傘は明日、学校で返すね。
       長崎美紗』

「え、預かるって」

文面を見た奈津子が言う。

「うちはもう二匹居るから、もう二匹くらい増えても大丈夫」

か、どうかは判らないけど。母も猫は好きだ、こんな状態の仔猫を見て放置できるはずが無い。

ノートを破った手紙を段ボールとコンクリートの壁の間に挿し込んだ。
そして、制服のジャケットを脱いで膝に広げると、生きている二匹をそこに乗せる。そしてもう息絶えた一匹は、その二匹に掛かっていたタオルで包んで──それは乾いていて温かいものだと初めて判った、これもきっと小山が掛けたんだろう。それに包んで二匹と並んでジャケットに包み込んで抱き上げた。

その三匹を、小山の男物の大きな傘で守りながら歩き出す。
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