傘と猫
【意外な一面】
幸い、母に仔猫たちは受け入れてもらえた。まるで我が子を見つけたように迎い入れ、置き去りにされていた事に憤慨しながら、病院へ連れて行った。
やはり二匹とも衰弱が酷くて、そのまま入院だった、亡くなってしまっていた子は病院で引き取ってくれた。
私達はそのままホームセンターに行って、新入りさんを迎え入れる準備をして──翌日。
小山廉一は既に教室にいた。
私より早いか遅いかはまちまちだ。でも、初めて目が合った、教室に入った私に気付いてこちらを見たのは、初めて、だった。
でも、ふいっと視線を外してしまう。それがいつもとは違う様子で……いつもは見んじゃねーよって感じなのに、今日は違った。
どこか、泳いでいる感じ?
でも昨日の件がある、話をしなくては、と私は近づきながら、覚悟を決める。
あと5歩、と言うところで息を吸った、はっきり声が届く様に腹に力を込める。
あと3歩、と言うところでなんて声を掛けるか考える。「おはよう」かな、それとも、前置き無しで「猫だけど」の方が小山にはいいかな。
あと2歩、と言うところで──小山はくるりと私を見た。
ひぃ、と声が漏れそうになる。だって、こいつ、怖いしいつも溜息吐いてるし、近づくなオーラ出てるし!
でも、はたと思う。
小山は私と目を合わせようとはしない、それどころかいつもの怖い目つきではなく恥ずかしそうな色を浮かべていて、僅かに頬も赤く見えた──誰だ、こいつ、ってくらい可愛く見える。
「──猫、悪かったな」
低い声、これが小山の声かあ。
「あ、手紙、読んでくれたんだ?」
それは、あそこに戻ったと言う事だ。
私は喋りながら自分の席についた。
「ああ──うちは母親が動物アレルギーとやらで動物飼えなくて。でもさすがにあれは放っておけないから、せめて病院に連れていくとかって相談を親としたくて、でも電話じゃ埒が開かなくて一旦帰ったんだけど……ありがとうな」
机に視線を落としたまま言う、でもちゃんと猫を事を考えてくれたんだと判って嬉しくなってしまう。
優しい人だったんだ──勝手に怖くて嫌な奴だと思っていた自分を恥じた。
「ううん、あれは放っておけないよね、判るよ。でもよくあんな道の奥に居たのを見つけたね」
「──声が聴こえた」
「え、本当!?」
一匹は声を上げる元気はあった、でも傍に居てやっと聞こえる程度だったはずだ。
「聴こえたんだ、微かにだけど」
「──うん」
だから、あそこまで行って、仔猫を見つけたんだもんね、信じるよ。
「──猫は?」
「今は動物病院にいるよ。衰弱はしてるけど元気になるだろうって。そしたらうちで飼う──」
「そっか、よかった──」
そう言って小山は微かに笑った──その笑みを見た瞬間、心臓が止まった、ような気がした。
「悪かったな、押し付けたみたいになって」
そう謝る小山は、本当にそう思っているようで、心の底から謝っていると判った。
「え、あ、ううん、大丈夫! うちは既に二匹飼っててさ、病院行く前に会せたら、興味津々で、仲良くやってくれそうだよ!」
「そっか」
今度こそ、心臓は止まった──小山は私を見て笑ったのだ。この人がこんなにも優しく蕩けるような笑みを見せるのだと、初めて知った──いや、きっと世界中ですら、知っているのは私だけかもしれない。
私は慌てて視線を反らせた、今までは石にされそうで怖くてそうしていたんだけど──今は違う、妙にざわつく心を覗かれたくなくて、だ。
「あ、あの、よかったら、今度、うちに見に来れば!?」
え、ひえええっ! うちに誘ってどうするー!?
「うん、行く」
ひええ! なに、その幼稚園児みたいな反応は!
今度はバクバクと動き出した心臓を、懸命に無視した。
「あ、あの! 傘、昇降口 し た の傘立てに置いてあるから……!」
「ああ、ありがとう。本当に悪かったな」
「ううん、大丈夫! 気にしないで!」
私は何かを誤魔化したくて、慌てて鞄から一時間目の授業の国語の教科書とノートを出した、机に置く時、勢い余ってばたんと凄い音がしたけれど、小山は溜息も舌打ちもしなかった。
なんか暑い、すごく暑い! 雨が降った翌日の晴天だからかな、ジャケットは洗濯しちゃって正解だったな!
ふと、窓を見た、更にその向こうに広がる青空を見て思う。
今日も雨、降らないかな……降ったら、小山のあの大きな傘で帰らせてもらいたい──あなたとふたり、並んで。
終
やはり二匹とも衰弱が酷くて、そのまま入院だった、亡くなってしまっていた子は病院で引き取ってくれた。
私達はそのままホームセンターに行って、新入りさんを迎え入れる準備をして──翌日。
小山廉一は既に教室にいた。
私より早いか遅いかはまちまちだ。でも、初めて目が合った、教室に入った私に気付いてこちらを見たのは、初めて、だった。
でも、ふいっと視線を外してしまう。それがいつもとは違う様子で……いつもは見んじゃねーよって感じなのに、今日は違った。
どこか、泳いでいる感じ?
でも昨日の件がある、話をしなくては、と私は近づきながら、覚悟を決める。
あと5歩、と言うところで息を吸った、はっきり声が届く様に腹に力を込める。
あと3歩、と言うところでなんて声を掛けるか考える。「おはよう」かな、それとも、前置き無しで「猫だけど」の方が小山にはいいかな。
あと2歩、と言うところで──小山はくるりと私を見た。
ひぃ、と声が漏れそうになる。だって、こいつ、怖いしいつも溜息吐いてるし、近づくなオーラ出てるし!
でも、はたと思う。
小山は私と目を合わせようとはしない、それどころかいつもの怖い目つきではなく恥ずかしそうな色を浮かべていて、僅かに頬も赤く見えた──誰だ、こいつ、ってくらい可愛く見える。
「──猫、悪かったな」
低い声、これが小山の声かあ。
「あ、手紙、読んでくれたんだ?」
それは、あそこに戻ったと言う事だ。
私は喋りながら自分の席についた。
「ああ──うちは母親が動物アレルギーとやらで動物飼えなくて。でもさすがにあれは放っておけないから、せめて病院に連れていくとかって相談を親としたくて、でも電話じゃ埒が開かなくて一旦帰ったんだけど……ありがとうな」
机に視線を落としたまま言う、でもちゃんと猫を事を考えてくれたんだと判って嬉しくなってしまう。
優しい人だったんだ──勝手に怖くて嫌な奴だと思っていた自分を恥じた。
「ううん、あれは放っておけないよね、判るよ。でもよくあんな道の奥に居たのを見つけたね」
「──声が聴こえた」
「え、本当!?」
一匹は声を上げる元気はあった、でも傍に居てやっと聞こえる程度だったはずだ。
「聴こえたんだ、微かにだけど」
「──うん」
だから、あそこまで行って、仔猫を見つけたんだもんね、信じるよ。
「──猫は?」
「今は動物病院にいるよ。衰弱はしてるけど元気になるだろうって。そしたらうちで飼う──」
「そっか、よかった──」
そう言って小山は微かに笑った──その笑みを見た瞬間、心臓が止まった、ような気がした。
「悪かったな、押し付けたみたいになって」
そう謝る小山は、本当にそう思っているようで、心の底から謝っていると判った。
「え、あ、ううん、大丈夫! うちは既に二匹飼っててさ、病院行く前に会せたら、興味津々で、仲良くやってくれそうだよ!」
「そっか」
今度こそ、心臓は止まった──小山は私を見て笑ったのだ。この人がこんなにも優しく蕩けるような笑みを見せるのだと、初めて知った──いや、きっと世界中ですら、知っているのは私だけかもしれない。
私は慌てて視線を反らせた、今までは石にされそうで怖くてそうしていたんだけど──今は違う、妙にざわつく心を覗かれたくなくて、だ。
「あ、あの、よかったら、今度、うちに見に来れば!?」
え、ひえええっ! うちに誘ってどうするー!?
「うん、行く」
ひええ! なに、その幼稚園児みたいな反応は!
今度はバクバクと動き出した心臓を、懸命に無視した。
「あ、あの! 傘、昇降口 し た の傘立てに置いてあるから……!」
「ああ、ありがとう。本当に悪かったな」
「ううん、大丈夫! 気にしないで!」
私は何かを誤魔化したくて、慌てて鞄から一時間目の授業の国語の教科書とノートを出した、机に置く時、勢い余ってばたんと凄い音がしたけれど、小山は溜息も舌打ちもしなかった。
なんか暑い、すごく暑い! 雨が降った翌日の晴天だからかな、ジャケットは洗濯しちゃって正解だったな!
ふと、窓を見た、更にその向こうに広がる青空を見て思う。
今日も雨、降らないかな……降ったら、小山のあの大きな傘で帰らせてもらいたい──あなたとふたり、並んで。
終