花冠の指
「もうすぐ卒業だねぇ」
「そうだなぁ」
「都内の大学に行くんでしょ?遠いねぇ」
「お前は専門学校だっけ。近いの?」
「近いよ、電車で数分」
僕らは大人になるほど、遠くなる。歩いて通えた君の家までの距離が遠くなって、こんな風に二人で寝転んで、くだらない話でいつまでも笑い合えるような時間も遠くなる。
何もかもが遠くなる。
「君はさ、優しいねぇ」
不意に投げられた言葉が、草原にころんと転がった。相変わらずにこにこと微笑んだままの君が撫でた小さな花びらが揺れるのを、僕は見ていた。
自分のことは、自分が一番わかっている。僕は僕のことを誰よりわかっている。だから、君の真っ直ぐな言葉に、目を伏せることしかできなかった。
僕には優しいところなんて、ひとつだってないのだから。
「なんで」
「なにが」
「なんで呼び出したの、こんなとこ」
僕らは大人になるほど、遠くなる。あれだけ近くにいたのに、いつも隣にいたのに、背が伸びるにつれてその距離は広がって、僕たちを離れ離れにした。
――ちがう、離れたのは僕だった。
君のことが好きなのに、それが怖いと感じるようになったのはいつからだろう。手をつないで歩くのを躊躇うようになったのは、君のことを好きだと周りに言えなくなったのはいつからだろう。
僕がひとつ距離を置くたび、君はいつも寂しそうに微笑んだ。それなのに、どうして、とは一度も言わなかった。僕を責め立てることもなく、ただ黙ってそれを受け入れた。
二人で作った秘密基地に僕が行かなくなった日も、毎朝待ち合わせしていた通学路のあの場所で僕が待たなくなった日も、放課後の教室に君を一人置いて僕が背中を向けた日も、ただ黙って、君は僕を見ていた。
それが、何より痛かった。