日替わり彼氏


たとえば廊下ですれ違うとき。


向こうから先生が歩いてくる。そのことを私はかなり前から気づいているし、私のことを先生も気づいている。


でも、1秒たりと視線が交わることはない。


私は弥恵とか他の友達と一緒だし、女子っていうのは目ざといんだ。ましてや、ひとの色恋沙汰には目がない。


ちょっとした変化にも、気づく恐れがある。


お互い知らん顔をしてすれ違う瞬間。


私は持っていたハンカチを落とす。


「柏木、落ちたぞ」


先生が拾って差し出してくれた。


「あっ、すみません」と、受け取るとき、ほんのわずかに先生の指に触れるんだ。


そうすると、先生の目が一瞬だけ泳ぐ。


ちょっと睨んでいるといってもいい。


心の中で含み笑いをしながら、軽く頭を下げ__。


「智花、この間、わざとハンカチ落としたな?」


次に会った時には、それをネタに凄まれる。


「ん?知らない」


「へぇ、本気で言ってる?」


「ほんとに知らないんだもん」


決して学校では口にできない、砕けた口調でプイッと横を向く。


「それじゃ、お仕置きだな」と、首元に吸いついてきた。


「ちょっ、キスマークやめて!」


「いいだろ?智花は俺のもんなんだから」


それは学校の中では絶対に会えない、本物の三井彰久だった。


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