3時になれば彼女は
「…あたしさあ」
千華が嘘をついたことなんて不問に付すつもりだったのに、彼女は語ろうとする。
俺は、それを真摯に聞こうと構える。
「試したくなっちゃったんだよね、竜のこと」
「――――うん」
「いつまでもこのままじゃいられないって思ってさ」
「うん」
彼女の声がじわりと沁みてゆく。無趣味で無感動な俺の心に。

「とりあえず帰ってきなよ、あたしも帰るから。オレンジの蜂蜜漬けって、意外に手間かかるんだからね」
「うん、全部食うよ。それと」
「なに?」
家族連れ。老夫婦。若者の集団。若いカップル。しゃがみこんだまま目の前を行き交う人々を見ながら、俺は心の奥から大切な気持ちを引っぱりだす。
面倒くさくて開けようとしなかった重い蓋を、力をこめてようやく開く。
「おまえの初めては、俺がもらうことにしたから」
「…ばーか」
千華はけらけら笑った。
「ま、考えといてやってもいいけど」

この夏は、親に秘密ができそうだ。


【完】
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