女嫌い公爵との幸福なる契約結婚生活
プロローグ
アイリーンがブライアンに出会ったのは、十八歳の冬だった。
勤め先のランカスター孤児院を出て、束ねた金髪をほどき風に晒しながら貧民街を歩んでいると、途方にくれたように路肩に座り込んでいる青年に出くわした。
彼は上質のグレーのフロックコートを着ていて、光沢の見事な革靴を履いていた。そしてため息交じりに片手で頭を抱え、サラサラとした薄茶色の髪をくしゃりと崩している。
アイリーンは、すぐに彼の身に何が起こったのかを悟った。そんな身なりで歩いていたせいで、おそらくスリにあったのだろう。この貧民街には、富裕層の所持品を狙う輩があちらこちらにいるからだ。
「どうかされましたか?」
アイリーンが膝を折り青年に話しかけると、彼は力なく顔を上げた。アイリーンを見るなり一瞬だけ目を見開いたものの、またすぐにうなだれる。
「どうやら財布を盗られてしまったようで……。あの中には、祖母の形見の指輪が入っていたのです」
アイリーンの予感は、的中したようだ。青年の瞳は髪と同じ色素の薄い茶色で、鼻梁や口元も整っており、洗練された空気が漂っていた。貧民街を無警戒に歩いてしまったのは、育ちのよさが仇となったのだろう。
(……きっと、ザックのしわざね)
アイリーンは胸の中で確信すると、「少しだけお待ちになってくださいませ」と青年に言い残し、大急ぎで貧民街の裏通りへと駆けて行く。
ザックとは、この街きってのガキ大将だった。幾度も注意したにも関わらず、富裕層相手にスリを働くことをやめなくて、アイリーンもほとほと手を焼いている。
青年の財布は、案の定ザックが持っていた。たまり場で、仲間と一緒に財布の中身を物色しているところを見つけ叱咤すると、ザックはしぶしぶアイリーンに財布を渡した。ザックは、子供の頃からたびたび世話になっているアイリーンには、頭が上がらないのだ。
勤め先のランカスター孤児院を出て、束ねた金髪をほどき風に晒しながら貧民街を歩んでいると、途方にくれたように路肩に座り込んでいる青年に出くわした。
彼は上質のグレーのフロックコートを着ていて、光沢の見事な革靴を履いていた。そしてため息交じりに片手で頭を抱え、サラサラとした薄茶色の髪をくしゃりと崩している。
アイリーンは、すぐに彼の身に何が起こったのかを悟った。そんな身なりで歩いていたせいで、おそらくスリにあったのだろう。この貧民街には、富裕層の所持品を狙う輩があちらこちらにいるからだ。
「どうかされましたか?」
アイリーンが膝を折り青年に話しかけると、彼は力なく顔を上げた。アイリーンを見るなり一瞬だけ目を見開いたものの、またすぐにうなだれる。
「どうやら財布を盗られてしまったようで……。あの中には、祖母の形見の指輪が入っていたのです」
アイリーンの予感は、的中したようだ。青年の瞳は髪と同じ色素の薄い茶色で、鼻梁や口元も整っており、洗練された空気が漂っていた。貧民街を無警戒に歩いてしまったのは、育ちのよさが仇となったのだろう。
(……きっと、ザックのしわざね)
アイリーンは胸の中で確信すると、「少しだけお待ちになってくださいませ」と青年に言い残し、大急ぎで貧民街の裏通りへと駆けて行く。
ザックとは、この街きってのガキ大将だった。幾度も注意したにも関わらず、富裕層相手にスリを働くことをやめなくて、アイリーンもほとほと手を焼いている。
青年の財布は、案の定ザックが持っていた。たまり場で、仲間と一緒に財布の中身を物色しているところを見つけ叱咤すると、ザックはしぶしぶアイリーンに財布を渡した。ザックは、子供の頃からたびたび世話になっているアイリーンには、頭が上がらないのだ。
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