女嫌い公爵との幸福なる契約結婚生活
アイリーンとネイト・ブルーノ・アッシュフィールドの結婚式は、ブライアンが縁談を持ち込んでから半月後、早急に執り行われた。

指定されたのは、山間に佇む小さな教会だった。参列者はなく、ネイトとアイリーンの二人だけで、ひっそりと行われるらしい。ネイトは派手なことを好まないのか、それとも何か特別な事情があるのかは知らないが、アイリーンは内心ホッとしていた。

社交界デビューすら果たしていない自分が、大勢の貴族の前で花嫁衣裳を着るのは気が引けたからだ。

自らで仕立てたシンプルなオフホワイトのエンパイアドレスに身を包み、祭壇の前で静かに花婿の到着を待つ。緊張のせいで、胸がドクドクとうるさかった。アイリーンは、いまだネイトに会ったことがない。

従者の整えてくれた予定によると、ここで会うなり式を挙げ、二人で新居に向かうとのことだった。この結婚式を機に、アイリーンの日常はすっかり変わってしまう。




約束の時間になっても、ネイトは姿を現さなかった。祭壇の前でアイリーン同様彼を待ち侘びている神父も、次第にそわそわと落ち着きをなくしていく。

ネイトがあまりにも遅いので、アイリーンはだんだん不安になってきた。もしかして、この結婚話は何かの間違いだったのかしら?とすら懸念を抱きはじめたとき、教会の扉がゆっくりと音を響かせながら開いた。

入り口に佇む男のシルエットが、背後を振り返ったアイリーンの瞳に飛び込む。ロング丈のダークブルーの詰襟軍服には、王宮騎士団のシンボルである十字と五角形を模った紋様が縫い付けられていた。男は教会前にいるアイリーンに目を止めると、靴音を響かせながらゆっくりとこちらへと歩んできた。




(彼が、ネイト様なのね……)

安堵したのも束の間、アイリーンはネイトから目が離せなくなっていた。

とても背の高い人だった。手も足もすらりと長くしなやかで、どことなく豹を連想させる。衣服の上からでも、無駄なく引き締まった肉体の気配を感じた。

漆黒の髪は癖がかっていて、後ろに無造作に流されている。切れ長の瞳は髪と同じ闇色で、シャープな鼻筋も薄い唇も、恐ろしいほどに整っていた。

こんなにも姿形の整った人を、アイリーンは生まれて初めて見た。けれども彼のその完璧なまでの容姿に、同時に寒気を覚える。

ブライアンが春風ならば、ネイトは凍てつく冬の風といったところか。

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