女嫌い公爵との幸福なる契約結婚生活
アイリーンの隣で静止したネイトは、彼女に謝ることも、間近で視線を合わせることもなく、「遅くなって申し訳ございませんでした。始めましょう」と手短に神父に告げる。

その声を合図に、粛々と婚姻の義が執り行われた。

神父の言葉に耳を傾けているときも、祈りを捧げる神父を見つめているときも、ネイトはアイリーンを見ようとはしなかった。

彼とようやく目が合ったのは、誓いの盃を交わすときだ。

この国の婚礼には、最後に花嫁と花婿が、聖水の入った盃に順に口をつける習わしがある。盃を共有することで、お互いを伴侶として認めることを神に誓う意味合いがあるらしい。

神父から先に金の盃を受け取ったのは、ネイトだった。瞳を伏せ、わずかに聖水で唇を潤したあとで、ネイトはアイリーンに盃を差し出した。

そのとき、ようやくアイリーンは真正面からネイトの顔を見た。



漆黒の瞳は、よく見れば中心が金色だった。闇夜に浮かぶ月のようで、アイリーンは一瞬魅了される。肌はなめらかで、ブライアンよりも三つ年上の二十八歳と聞いていたが、年齢よりも若く見えた。

(この方が、私の夫になられる方……)

まるで、実感が湧かない。他人よりも、彼をさらに遠くに感じた。

アイリーンに盃を手渡すなり、ネイトはさっと顔を反らし前に向きなおった。

アイリーンは静かに盃に口をつけると、神父に返す。

神父が盃を祭壇に捧げ、祈りの言葉を述べ終えると、いまだ言葉すら交わしたことのない二人は正式に夫婦となった。
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