女嫌い公爵との幸福なる契約結婚生活
ネイトとアイリーンの新居は、王都の外れにあった。緑の生い茂る森の中に佇む邸は、煉瓦の壁と灰色の屋根から成る二階建てだ。ずらりと並んだ窓は見えるだけで八つほどあり、中心には居心地のよさそうなルーフテラスが備え付けられている。

公爵の邸宅ともなると、圧倒するほどの豪華さなのだろうと身構えていたが、拍子抜けするほど質素だった。立派な城も広大な庭園も見当たらない。結婚式も驚くほど簡素だったし、ネイトはやはり派手なことを好まない性分らしい。

小ぶりな邸をアイリーンは一目で気に入ったが、心は晴れないままだった。この邸で、アイリーンはこの先どんな毎日を送るのだろう。全く心の通っていない夫とは、うまくやれるのだろうか?



新緑の香りを感じながら馬車を離れると、玄関先に人が立っているのに気づいた。黒のショート丈の燕尾服をビシッと着こなした、若い男だった。男と言うよりも、まだ少年と呼んだ方がしっくりくるような面立ちをしている。アイリーンが近づくと、若者は無駄のない所作で腰を折り頭を下げてきた。

「奥様、お待ちしておりました。私はこの屋敷の家令を任されております、セドリックと申します」

ウェーブした銀髪にブルーの瞳をした美しい若者だった。にこりと優雅に微笑む様は、まるで天使のようだ。

「はじめまして。今日からお世話になります、アイリーンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

アイリーンが礼を返せば、セドリックはにこにことしたままアイリーンの顔を見つめている。

「どうかされましたか……?」

違和感を覚えたアイリーンが首を傾げれば、セドリックは途端に微笑を崩し、拗ねたように眉尻を下げる。

「アイリーン様。もしかして、僕のことお忘れですか……?」

甘えたような口調に、アイリーンははっと目を見開いた。昔見た少年の面影と口調が、目の前の青年に重なる。

「……アル? もしかして、アルなの?」

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