女嫌い公爵との幸福なる契約結婚生活
ネイトの声が、低く凄んだ。自分だけを名指しされているわけではないのに、まるで『おまえのことが嫌いだ』と言われているようで、アイリーンはヒヤリとした。

「甲高い声を聞くのも、匂いを嗅ぐのも我慢ならない。触れるなんて、もっての外だ。同じ空間にいるだけで虫唾が走る」

「………」

名指しはされていないが、これではアイリーンのことを嫌いだと言っているようなものである。初対面の相手に、それも夫となった人物に露骨な嫌悪感を示されて、アイリーンはたじろぐ他ない。

ネイトは美麗な顔を不快そうに歪めながら、話を続けた。

「結婚なんて、考えただけでぞっとした。だがいつまでも独り身でいると、女は絶え間なく俺に近づいてくる」

「……それで、表面上だけの妻をお求めになったのですね」

女である自分が声を出すのも憚られたが、いつまでも無言でいるわけにもいかない。アイリーンが納得の声を出すと、「そうだ」とネイトが満足そうに頷いた。




「俺が結婚相手に求めた条件は三つだった。無欲で、秘密を守れて、俺を愛さない女」

(愛さない女……)

それは、ひどく哀しい言葉に思えた。愛することを望まれていないアイリーンは、彼にとって体のいいお飾り人形に過ぎないのだ。

「君は倹約家で口が堅いと、ネイトは言っていた。それから、俺を愛することも俺に愛されることも望んでいないと」

たしかにそうだと、アイリーンは思う。アイリーンの心は、今でも春の風のようなブライアンの笑顔に捕らわれている。今目の前にいる夫のことは愛していないし、彼に愛されたいとも思わない。

アイリーンは、黙ったまま頷いた。
< 18 / 35 >

この作品をシェア

pagetop