女嫌い公爵との幸福なる契約結婚生活
芝生の上でしゃくり上げている子供の傍らに寄り、膝をついた。

突然人が現れたことに驚いたのだろう、子どもは泣き止むと、喉をひくひく痙攣させながらアイリーンを見つめた。

くるみのような大きな瞳に、今にも零れ落ちそうな大粒の涙が浮かんでいる。

アイリーンは懐から取り出したハンカチで彼の涙を拭ってやった。

「はじめまして。私の名前は、アイリーン。あなたの名前は?」

「ノア……」

「ノア、素敵な名前ね」

首を傾げながらそっと微笑むと、ノアは再び目もとをうるうるさせた。

「とうちゃんに、会いたいんだ。とうちゃんは、このお邸の中で働いてるんだ」

「料理長のシュバルツさんね」

「とうちゃんのこと、知ってるの……?」

ノアの瞳が、きょとんと見開かれる。

「ええ。とてもとても美味しい料理を作ってくださる方よ」

真摯に語れば、ノアの泣き顔が少しずつ引いていった。

鼻を啜り、ほんの少し得意げに少年は口の端を吊り上げる。

「へへん、そうなんだ。僕のとうちゃんは、世界一の料理人なんだ」
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