女嫌い公爵との幸福なる契約結婚生活
翌日も、ノアは庭に現れた。

だが昨日のように大声で泣いてはおらず、屋敷の方をチラチラと見ている。アイリーンが出てきて、昨日と同じように自分の相手をしてくれるのではないかと、期待しているようだった。

昨日と同じく、セドリックの淹れてくれた紅茶をルーフテラスで嗜んでいたアイリーンは、窓の向こうに見えるそんなノアの様子を微笑ましく思う。

「ノア!」

外に出て声を掛けると、幼い少年は、目に見えて瞳をキラキラと輝かせた。

その日も、字を教えたり本を読んだりして、アイリーンは一日中ノアと過ごした。

子供の純真な笑顔は不思議だ。昨夜はネイトに冷たくいなされ、傷ついていたはずなのに、無邪気な声を聞いているだけであっという間に心の傷が癒されていく。

昼過ぎ。ルーフテラスで、アイリーンはノアの髪を梳いてやっていた。

ノアのくるくるの髪はところどころ絡まっていて、最初はなかなか櫛が通らなかった。そのためセドリックに香油を持ってきてもらい、絡まりを少しずつほどいて、綺麗にしていく。

シュバルツは忙しく、幼い息子の髪の手入れにまで、気が回らないのだろう。

気の毒に思い、アイリーンは浮かない気持ちになる。

シュバルツに、どうにかしてノアとの時間を作ってあげたい。

(そうだわ)

ふと思いついて、アイリーンはブラシの手を止めた。

(形だけとはいえ、私は一応、この家の女主人ですもの。私の一存でシュバルツを早く帰しても、問題はないはずよ)

ネイトは口すらきいてくれないのだから、こうするより他ない。



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