女嫌い公爵との幸福なる契約結婚生活
「ネイトは慈善事業の際、ランカスター孤児院で働くお嬢様を見かけ、気になったようです。子供たちと触れ合うお嬢様は、まるで天使のように美しく輝いていらっしゃるので……」

そこでネイトは一瞬瞳を伏せた。

「まあ、そうなんですの。光栄ですわ」

母の声が、徐々に昂っていく。今更のように、この誉れ高い申し入れの喜びが押し寄せてきたのだろう。

アッシュフィールド公爵家は、代々王宮の騎士隊長を務める名家だ。いわば国王の右腕のような存在で、現アッシュフィールド公爵も若くしてその名を国中に知られている。そんな地位も財力も兼ね備えたアッシュフィールド公爵が、自分の娘を妻に望んでいるとたった今伝え聞いたのだから、母の歓喜は当然のことだった。

「なんてありがたいお話なの」「信じられないわ」と、母はたちまち嬉々としはじめる。アッシュフィールド公爵家に娘が輿入れしたとなれば、ダズリー家の名誉はあっという間に挽回されるだろう。没落貴族と蔑まれることもなくなり、祖父の代から噛みしめてきた苦汁とようやく決別することができるのだ。



一方のアイリーンは、なんとも言えない重苦しい気持ちになっていた。いまだ心の奥底では未練を引きずっているかつての恋人に、違う男との結婚を打診されたのだから。

アイリーンは震える息を呑みこむと、目線を上げ、そっと向かいに座るブライアンに目をやった。アイリーンの視線に気づいたブライアンが、引き寄せられるようにこちらを見る。

ブライアンは、相変わらず他人行儀な笑みを浮かべていた。だがその瞳の奥底は、怒っているようにも哀しげにも見える、不思議な色が渦巻いている。ブライアンはアイリーンと目が合うなり、速やかに視線を逸らした。

(いったい、何を考えていらっしゃるの……?)

アイリーンが困惑していると、今の今まで母に会話を任せきりだった父が、身を乗り出しようやく口を開いた。

「ところでオズモンド様。アッシュフィールド公爵様ではなく、どうしてあなたがこのお話をしにいらっしゃったのですか?」

「失礼。今はもう、オズモンド姓ではないのです。先日アーチボルド家の子女を妻に娶りまして、今はアーチボルドを名乗っております」

「まあ、では侯爵さまに……!」

母が今日何度目かになる感嘆の声を上げると、ブライアンは少し困ったような笑みを浮かべた。
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