学校嫌いな雨咲さんと学校好きな灰葉くん

「暑い…」


あの日、彼が初めて家に来た日からもう一ヶ月近くたった今日、高校では夏休みに入ったらしい。昨日彼から夏休みの課題を受け取り、今取り組んでいる最中なのだが……。


「分からん!」


授業に出ていない分、家でも勉強していたのだが、直
接先生の授業を受けた生徒たちとの差は大きかったよ
うだ。市販で買われたとみられるワーク類はなんとか
解けた。ただ、先生が作ったプリントが〇大王クイズ
並に意味がわからない。


「どうしよ……」


独り言がどんどん増えていく。零ちゃんや海ちゃんに
聞きたいけど二人とも夏休みは部活が忙しいって言っ
てたし、時間をとらせるのは申し訳ない。
悩んでいると一人の存在を思い出した。灰羽くんだ。
でも彼も部活で忙しいかもしれない。せめて連絡がとれれば……。彼と出会ってからこんなにも時間がたっているというのにまだ連絡先を交換していない私。なんでしておかなかったのかと過去の私に問いたい。この時、初めてまた家に来てほしいと思った。


そんなこんなで午後1時。家のチャイムが鳴った。急い
で玄関に向かった。彼かもしれない。


ガチャ!


勢いよく開けたドアの前に立っているのは私が今最も
必要としている人物だ。


「は、灰羽くん!」


「うぉっ!どうした?昨日渡し忘れたプリント無くてそんな困ったのか?それは悪かっ」


「ちっがーう!そうじゃなくて…。勉強、教えてほしいの!」


慌てていたから、声をさえぎった。でも、気にしてる
暇はない。


「お、おぉ。急いでるっぽかったから、びびったわ。俺が分かるとこならたぶん教えれると思うけど…。あ、これ渡し忘れてたプリント、はい」


そっと手渡されたのは、先生が作ったプリントの五枚
目だった。五枚もあるのか…。最悪。


「ありがとう。あ、これ!この、先生が作ったプリントの問題が分かんなくて…。教えてください、お願いします。」


頭を下げてお願いすると


「ん。これなら教えれる」


ぐっと親指を立ててOKしてくれた。


「助かった〜。ありがとう」


「そのプリント今家にあるから…。家、来れる?さすがに家出んのは無理か?」


「うっ」


そうだ。場所がない。私の部屋は絵を描く道具とか、
漫画とかがあって見られたくないものばかりだ。だか
ら却下。リビングは…いや、ダメだ。お兄ちゃんがい
ると気まずい。気まずすぎる。でも…彼の家に行くってことは外に出るってことだ。それは、すごく怖い。


「外に出るのは、怖い」


気づくと声に出していた。しまった、と思った。しょ
うがない、私の部屋に呼ぶしか……。


「その、えっと、今のはアレで…だから私の」


私の部屋で勉強を教えてほしい、そう伝えようとした
時、思い出したように


「あ、ちょっと待ってて。すぐ戻るから」


と言って彼は出て行ってしまった。どういうことだろうか?何をしに行ったんだろう?頭の中はハテナマークでいっぱいだ。悶々としていると足音が聞こえてきた。


「これ。これなら人目も気にしなくていいと思う」


マスクを渡され、キャスケットをポスッとかぶせられ
ると、ふわりとやわらかい匂いがした。びっくりした
気持ちと外に出てみたいという気持ちが入り交じり、
言葉が出てこない。


「人目とかそういう問題じゃない?もしそうならごめんな」


「…えっと、これで外出てもいいんかな?学校、行ってないのに…。他の人に何か言われたりしないかな…?」


行きたいという気持ちと裏腹にこんなことを言ってし
まった。


(灰羽くん、困ってるだろうな。ごめんね)


そんなどんよりとした空気をはらすように顔に手を当
てられ、彼の顔の目の前にもってかれる。手のぬくもりが直接伝わってくる。


「大丈夫。絶対そんなこと言わせない。それに、学校行ってないからこそ、勉強すんだろ?」


そう言っていたずらにニカッと笑う。あぁ、私はバカだ。この顔を見ただけでなんでもできそうだと思えてくるのだから。悔しい、悔しい、けど。


「……うん!じゃあ行く!」


「よし、じゃあまず…」


そう言って私の長い髪を束ね、キャスケットの中に詰め、かぶる。マスクは逆に目立つかもしれない、ということで、黒縁メガネをすることに。


「良さそうだな。似合う似合う」


我ながら、という感じで、満足気に頷いている。


「やった。じゃあ準備してくる!」


部屋に行ってパッパと荷物をリュックに入れた。ふと鏡を見るとびっくり。これなら絶対に私ってわかんない。必死に考えてくれた彼に感謝だ。そして、今日はいつもみたいにオフスタイルにしてなくて良かったと思った。 あれじゃあただの変な人だ。いや、普段の私が変ってわけじゃないけど。うん、断じて。


「準備完了です」


「そんなに色々持ってくのか?まぁ俺ん家すぐそこだから大丈夫だと思うけど」


え?そうかな?と思いながらも準備のし直すのが面倒なので、引き返すのはやめにした。靴を履き、紐をほどけないようにギュッと結んだ。ドアを開け、外に出る。空は青く、太陽の温かさが風が吹くと共に伝わってくる。きちんと鍵を閉め、いざ、出発。やっぱりわくわくする。不安なのに、外は苦手なはずなのに。隣の彼は手を目の前にかざし、眩しそうにしながらも


「暑ぃ…。雨咲、暑いのに大丈夫か?」


と、まだ私の心配をしてくれる。


「暑いけど、灰羽くんの影で少し涼しい」


「歩いたら消えるけどな」


「え、困る」


「知るか」


「えぇー。…うわっ」


笑い出すと同時に、キャスケットを深くかぶせてくれた。何気ない行動が私の鼓動を早くさせる。澄んだ空気の中、私たちは目的地に向かうのだった。


「今更だけど、ほんとに大丈夫なのか?」


「うん。私が頼んだことやからね。それに、すぐそこなんでしょ?」


「うん。もうちょい」


良かった、と胸を撫で下ろした時。


「あれ〜?蓮じゃ〜ん。もしかして、サボりな感じ?もしそうならうちらと遊ぼーよ〜」


制服のスカートをこれでもかと短くしたクラスの権力者らしき女子二人。怖い。バレ、ない、よね?


「いや、遊ばねーし。あと、部活は午前中で終わったから。なんで、お前らとこのくそ暑い中遊ばにゃならんのだ。アホか。」


すごい暴言を吐きながら私を背中に隠してくれる。優しいけども、優しいんだけどもそんなに言って大丈夫なんだろうか。さっきから心臓はバックバクだ。はやくどこかに行ってくださいクラスの女王様。


「はぁー?うざ。折角誘ってやってんのに。ねー?」


「それな、マジで。まぁ、いいけど〜…で、その後ろの子誰?まさか彼女〜?」


「いや、うちの弟。イケメンだろ」


おいおいおい。大丈夫な、のか……?頼む!これで乗り切ってほしい。っていうか男じゃないんだけどね。か弱い女の子なんだけどね!


「蓮、弟いんのかよ。ウケるし。ていうか、お前と同じ腹で生まれてんのにイケメンなわけないし」


「マジ、ほんとそれ。最近女子に人気だからって調子のんなし。ブスメンのくせに。行こ」


相手も負けずに物凄い暴言を吐き捨てて早い足取りで去っていった。


「割と傷つくんだけど。酷くね?」


「灰羽くんが煽るようなこと言うから…」


「うっせ。まぁ、バレなかったしいいだろ」


「うん。隠してくれてありがとう」


「ん」


お礼を言うと照れているのか、そう返事をされた。こっちまで恥ずかしくなる。……暑くてよかった。


「着いたぞ」


「おぉー。みっしょんくりあ」


「なんだそりゃ」


本当によく達成できたと思う。あの日から一歩も外に出れなかったのに。大きな一歩で、私の、新たな一歩だ。さっきまで眩しく感じられた太陽が、今では暖かいとさえ思える。


「お、お邪魔します」


「いらっしゃい」


親みたいだなと思った。でもあまりにも自然なものだからイメージと違うなと思って笑いそうになった。失礼かもしれないけど。でも、いい意味でだ。


灰羽くんの匂いがする。落ち着く感じの匂い。玄関にあるクマの置物から匂いがする。じっと見つめると目が垂れていてすごく可愛らしかった。一人で勝手に和んでいると子どもの声がした。


「「「あーー!」」」


「「「(お)兄ちゃん!」」」


数人の子どもの元気な声に戸惑い、肩がビクッとなった。その子たちはかけてこっちに近づいて来た。


「お兄ちゃん、おかえり!」


(ちっちゃい灰羽くん!?)


「お兄ちゃん、その人だぁれ?」


「彼女か!?彼女か!?」


(双子??)


おろおろと戸惑っていると、向こうのドアから私と同じくらいの背の女の子が出てきた。


「あ、蓮にぃのお友達ですか?妹の柊那です」


ぺこりとお辞儀をされたので、慌ててこちらもお辞儀をした。冷静で、綺麗で、すごく大人っぽいものだから思わず見とれてしまった。ぼんやりとしていると、とんでもない会話が聞こえてきた。


「なぁなぁ、彼女かー?」


「おう。そうだぞ」


双子ちゃんらしき子の男の子の方に聞かれて灰羽くんはそう答えた。


「あ、彼女さんでしたか」


柊那ちゃんにも誤解され、声に出せずに、ただただ口をパクパクさせた。


「ち、違います!は、灰羽くん変な冗談やめて!」


「ごめんごめん。嘘、嘘だから」


笑いを堪えて、プルプル震えながら言っている。こちらは全然面白くない。


「蓮にぃ、いつまで玄関で立たせてるつもりなの?お友達、可哀想でしょ。ごめんなさい。どうぞあがってください」


ふっと口角があがった彼女の顔立ちはさっきよりも、もっと大人っぽく感じた。同時に自分との差も感じたため、複雑な気持ちになった。


リビングにお邪魔すると、椅子に座らせてもらい、オレンジジュースと、クッキーを頂いた。すべて柊那ちゃんが用意してくれた。しっかりしていて、素敵だなと思った。


「あ、出してからで申し訳ないんだけど、アレルギーとかない?大丈夫?」


「うん、大丈夫。ありがとう。柊那ちゃんも、クッキーとジュース、ありがとうね」


お礼を言うと嬉しそうにコクコクと頷き、返事をしてくれた。子供っぽい表情を見れて、少し安心した。ひょいと口に入れたクッキーは苺の味がして美味しい。















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