したたかな恋人
第1話 偶然の出会い
自分の身に起こる、全ての事が偶然なのだろうか。

そう聞かれたら、間違いなく”違う”と、私は言うだろう。

もちろん、本当の偶然もある。

だが世の中には、自業自得と言うモノもあるし、中には……

仕組まれた出来事、というモノもある。


私の名前は岡由恵。

そんなに大きな会社でもないが、知っている人は知っているプランナー会社で、主にCMを作っている。

きっかけは、大学の時にサークルで作った、一つのコマーシャル。

演劇部の知り合いに頼まれて作ったのが、そこでコマーシャル作りの魅力にはまってしまった。

そのままの勢いで、この会社に入社して早4年目。

チームの中ではまだまだひよっこだけれど、最近難しい仕事も徐々に任せられるようになって、よりやりがいを感じている。

「岡。」

後ろを振り返ると、奥田課長が立っていた。

「今度のCMを頼みたい人に、出演の依頼をしてみようか。」

奥田課長は、私の隣に座った。

「はい!」

もしかして、芸能人と話せたりして。

「芸能事務所のマネージャーに話をするだけだから、そんなに難しくはないと思うけれどね。」

半分がっくりしながら、今度のCMの企画書を見た。

期用したいキャラクターの覧には、半田正紀や新田優愛の名前が挙がっている。

ドキドキする。

こんな人達が、ウチの会社のCMに出てくれるのなら。

「じゃあまずは、半田さんの事務所に電話してみようか。隣で聞いてるから安心して。」

奥田課長の手が、肩を掴む。

「はい。」

手を放した奥田課長を見ながら、私は電話の受話器を取った。

企画書に書いてある事務所の番号に、電話を架ける。

話はスムーズに進み、半田正紀の出演は決定した。

「よかった。話もしっかりしていたし、次の新田さんも大丈夫だな。」

「はい。」

「期待しているよ。」

奥田課長は微笑みながら、席に戻って行った。

「岡さん、奥田課長と仲いいんですね。」

新人の明日実ちゃんが、声を掛けてくる。

「そうかな。人より覚えるのが遅いから、気にかけてくれてるだけじゃないかな。」

「ええ?そうなんですか?」

明日実ちゃんの、可愛い笑顔が零れる。

彼女は、新人の中でも特にやる気がある子で、昔の私を見ているみたい。

彼女もいつか、仕事しながら恋愛に悩んだりするのだろう。

私みたいに。


私はその夜、奥田課長に抱かれていた。

「はぁ……ん……」

私の部屋で、ベッドが軋む。

「由恵……愛してるよ。」

「将成さん……」

私は将成さんの身体を、ぎゅっと抱きしめる。

将成さんは行為を終えた後、いつも私に腕枕をしてくれた。

「由恵、今日は仕事、はりきっていただろう。」

「うん。芸能人と話せるかと思って、ドキドキしちゃった。」

将成さんとのピロートークは、私の心を落ち着かせる、無くてはならない時間だ。


将成さんと付き合うようになったきっかけは、私が新人の頃、大きな失敗をして、奥田課長に怒られた時だ。

自分の浅はかさと、初めてした大きな失敗に、私はトイレで泣いて戻って来た。

『気は治まったか?』

廊下で奥田課長に会ってしまって、気まずい中返事をした。

『こんな事で泣いていたら、今後この仕事、やっていけないぞ。』

その時、奥田課長に抱き締められた。

課長に奥様がいるのは、知っていた。

大恋愛の末、結ばれた事も。

でも私は、この温もりに心を奪われてしまった。

その年のバレンタインに、思い切って課長に告白した。

『課長、好きです。』

『岡?』

『奥さんがいる事も知っています。でも私は……』

その時、奥田課長からキスを貰った。

『俺でいいの?』

『課長しかいません。』

その日、ホテルで課長に抱かれた。

『これで、由恵の心も体も俺のモノだね。』

幸せだった。

好きな人の腕の中で眠れて。

それから3年。

私達は、人には言えない愛を育んできた。

悪い事だとは思っている。

でも将成さんを、諦める事はできない。

そんな気持ちを抱えながら、私は生きてきた。

その中で、心の拠り所になるのは……

「由恵、俺は君がいないとダメみたいだ。」

将成さんの、甘くて切ない言葉なのだ。


ある日の事だった。

「先輩。今度中途採用で新人君が来るらしいですよ。」

「へえ。いくつぐらいの人なんだろ。」

「先輩と同じくらいだって、言ってましたよ。」

「私と?」

軽く驚きながら、その新人君が来る日がやってきた。


「杉浦圭司です。宜しくお願いします。」

整った顔に、色気を持ち合わせている人。

たぶん女の子の間で、人気が出るんだろうなぁ。

「先輩。杉浦さん、ちょっとカッコよくないですか?」

ほら。直ぐにこの反応。

「そうね。明日実ちゃん好みかもね。」

まだ入社して1年の明日実ちゃんが、ドキドキワクワクしているのが私でも分かった。

「そうだな。岡。杉浦にいろいろ教えてやってくれ。」

「はい。」

私が杉浦さんと目を合わせると、彼は余裕の笑みを浮かべた。
なに?もしかして、私の事知ってる?

まさか、知り合いでもないし。


「岡、頼むぞ。」

「はい。」

「宜しくお願いします。岡さん。」

杉浦君は、頭を上げた時も、微笑んでいた。

その微笑みに、まるで吸い込まれそうだ。


そして杉浦君の席は、私の席の隣になった。

向かい側の席の明日実ちゃんは、羨ましそうな顔をしている。

「杉浦君、前職は何だったの?」

「プランナーです。」

「へえ。何のプランナーだったの?」

「結婚式です。」

「ええー。面白そう。じゃあ、一通りのプラン作りは、分かっていると思っていいのかな。」

「基本的なモノしか、分かりませんよ。」

すると杉浦君は、私の側に寄って来た。

「後は、岡さんが手取り足取り教えて下さい。」

ドキッとした。

そのせいで、近くにあったコーヒーを溢してしまった。

「ごめんなさい!」

よく見ると、杉浦君のシャツにコーヒーが零れていた。

「クリーニングに出すから。待ってて。」

すると杉浦君が、私の腕を掴んだ。

「クリーニングはいいんで、食事奢ってください。」

私はその笑顔に、何でも許してしまうような、不思議な気持ちになった。
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