したたかな恋人
第16話 どっちを信じる
それからどうやって帰って来たのか、自分でも分からない。

タピオカ屋さん、交差点、家までの道が、グルグル回っている。

ようやく治まった時には、ベッドに横になっていた。

「帰って来たんだ。私……」

ベッドから起き上がって、早速圭司に電話をした。

圭司には案外早く繋がった。

『由恵。どうした?』

「圭司に話があるの。」

『何の話?』

「私、圭司と別れたい。結婚もしない。」

『どうして!?ああ、いいから。今から、そっちに行く。』

そこで電話は切れた。

後は圭司に、この写真を突きつけるだけ。

そして1時間後、圭司は私の家にやってきた。

息をはぁはぁと切らして。

「由恵。」

私を抱きしめそうになったから、一歩後ろに下がった。

「理由は何なんだ。ずっと一緒にいようって、約束したじゃないか。」

「その約束を先に破ったのは、圭司の方でしょう?」

私は、妙子さんのインスタを、圭司に見せた。

「この女性、よく知ってるわよね。」

圭司は、私のスマホを手に取り、驚いた顔をした。

「妙子……」

そこには妙子さんと自分が、嬉しそうに映っている写真がある。

これでもう、言い逃れができない。

「やっぱり知っていたのね。」

「待て。何で君が妙子を知っているんだ。」

急に慌てる圭司に、イラつく。

「新しい友達ができたって言ったでしょう?」

「それが妙子なのか?」

「そうよ!」

すると圭司は、私の両肩を掴んだ。

「今すぐ彼女と縁を切れ。由恵は騙されているんだ。」

「何を言ってるの?騙してるのは、あなたの方じゃない。」

「何を言われた?妙子に何を吹き込まれたんだ!」

真剣な眼差し。

圭司と妙子さん、どっちが正しいのか、分からない。

「妙子さんは、圭司を自分の夫だと言ったわ。」

「そんな事を言ったのか!」

圭司は私に背中を向けると、横にある壁をドンと叩いた。

「妙子とはもう会うな。彼女が言った事も忘れろ。」

「どうして?彼女は何なの?あなたの奥さんでしょ?」

「違う!俺は彼女と、結婚していない!」

私は、首を横に振った。

「じゃあ、何なの?あの写真は何なの?あんなに妙子さんと、仲良く映っていたじゃない!奥さんじゃなくても、特別な関係なんでしょ?」

「違う!彼女は……」

言おうとして、圭司は下を向いた。

「とにかく、俺を信じてくれ。」

「信じてくれって言われたって、ちゃんと話してくれないと、信じられないよ。」

圭司も混乱しているけれど、私だって混乱している。

「由恵。俺を信じてくれ。」

「圭司……」

妙子さんは、本当に圭司の奥さんなのか。

一体、どんな関係なのか。

分からない。

信じたくても、信じられる答えがない。


「もうダメ。」

「由恵?」

「信じたくても信じられない。」

「俺よりも、妙子を信じるのか!」

「少なくても、妙子さんは圭司との写真を持っていたわ!」

「あの写真は!」

どうしても、その先を言ってくれない。

私に背中を向けて、何かを隠しているみたい。

「ねえ、圭司。私達の間に、秘密はなしだって言ったよね。」

黙ったままの圭司は、手をぎゅっと握った。

「ああ、言ったよ。」

「その圭司が、私に秘密を持っているの?おかしいじゃない。」

「じゃあ、君は何の秘密もないって言うのか!妙子の事、黙っていたじゃないか!」

「妙子さんの事は、”友達ができた”って言ったわ。あなただって、そっかって言って、それ以上聞こうとしなかったじゃない!」

私は圭司の背中に向かって叫んだ。

「それなのに、奥さんだなんて!不倫は止めろって言っていたあなたが、また不倫を私にしかけるだなんて!」

「不倫じゃない!俺と君の関係は、クリーンだ。そんなうす汚れた関係じゃない。」

不倫は、汚れた関係。

将成さんと不倫していた私は下を向いた。

「あっ、いや。何も君が汚れているなんて言っていない。あくまで俺達の関係だ。」

私ははぁーと、ため息をついた。

「もう疲れた。どうやったって、あなたが妙子さんと関係あるのは、覆せないんだもの。」

「妙子と関係しているのが、そんなに嫌なのか。」

「嫌よ!だって奥さんじゃなくても、彼女と特別な関係なんでしょう?私はもう誰かの2番目だなんて嫌なの!」

「特別じゃない。妙子とはただの友人だ。」

「本当なの?」

「本当だって。信じてくれって、さっきも言ったじゃないか!」

はぁはぁと息を切らして、圭司は床にうずくまってしまった。

「圭司。もう私達、別れよう。」

「別れない。」

「信じあう事もできないのに、ずっと一緒になんて、いられないよ。」

背中越しでも分かった。

圭司が茫然としている事を。


「由恵。これで最後だ。本当に俺を信じてくれ。後悔はさせないから。」

「あなたと付き合っている事、もう後悔しているのに、今更なんなの?」

「妙子とは本当に何もないんだ。」

「じゃあ、何であんな写真があるの?」

言い訳ならいくらでもできると思った。

例えば、妙子さんは別れた妻で、まだ妙子さんの方が未練がましく夫だと言っているとか。

奧さんじゃなかったら、元カノでもいい。

付き合っている時に、海外旅行に行って、その写真を妙子さんがアップしているとか。

何でもいいのに、圭司は否定するだけで、理由を話してくれない。


「由恵。時間をくれ。」

「何の時間?」

「俺達の、やり直す時間。」

「やり直すって……」

圭司は私の元に戻ってくると、強く抱きしめてくれた。

「由恵。俺は何があっても、君を放さない。今はただ俺を信じて、見つめ直す時間をくれ。」

「……分かった。」

この埒が明かない状況に、終止符を打つため、私はそう返事をした。

「時期が来たら、本当の事を話すから。」

「うん。待ってる。」

そうは言っても、妙子さんと関係があると言う真実は、白日の元にさらされた。

それ以上の答えが、私の中にはなかった。

私はまた、相手がいる男性を、好きになってしまったのだ。


「じゃあ、帰るけれど、くれぐれも悪い方向に考えたらダメだぞ。」

「うん、分かってる。」

悪い方向?

このまま圭司と一緒にいる事が、悪い方向だ。

圭司が、私の家から出て行った後、私は密かに圭司との別れを決意した。
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