したたかな恋人
第18話 仕事が一緒
翌日、私は圭司から貰った紙に書いてある住所を頼りに、そのオフィス街へと向かった。

オフィス街の外れとは言え、その賑わいは、街の中心と同じ。

ようやく住所の場所に来てみると、そこはオフィスビルだった。

会社の名前が書いてある、看板を見ても、たくさんの会社が入っていて、何の仕事なのかもわからない。

このビルのどこに行けばいいのか。

紙には住所は書いてあっても、フロアまで書いていないのだ。


「どこにいけばいいって言うの?」

私はスマホを取り出し、圭司に電話を架けた。

『由恵。』

「あっ、圭司。渡された紙に書いてある住所に来たんだけど、どこに行けばいいの?」

『そこにいて。今から行くから。』

「うん、分かった。」

そこで電話は切れ、私はビルを見上げながら、圭司を待つしかなかった。

3~4分した頃だろうか。

奧のエレベーターから、圭司がスーツ姿で現れた。

「お待たせ。じゃあ、行こうか。」

「どこに?」

「俺の仕事を見せるよ。」

「俺の仕事?あなたの仕事は、私達の会社で、プランナーをする事でしょう?」

圭司は、寂しそうに笑った。

「見れば分かるよ。」

そして圭司と一緒に、奥のエレベーターに行こうとした時だ。

「どう言う事?圭司。」

エレベーターの奥から、妙子さんが向かって来た。

「妙子……」

圭司は私を自分の後ろに、移動させた。

「私達の仕事は、他人には秘密よ。それを見せようだなんて、正気の沙汰なの?」

「ああ、俺は本気だ。」

妙子さんは、はぁーっとため息をつくと、圭司の腕を引いた。

「由恵さん。ここは私達”夫婦”の仕事場なの。」

「夫婦の職場って……」

「夫婦で仕事をしているの。もちろん、あなたが言うプランナーの仕事よ。」

私は圭司を見た。

「どういう事なの?ダブルワークしていたって事?」

すると圭司は、妙子さんの腕を振りほどいた。

「嘘をつくのも大概にしろ、妙子。俺達は夫婦じゃないだろ。」

「夫婦みたいなモノよ。運命共同体だものね。」

私は、首を横に振った。

「何なの?何の仕事なの?一体圭司と妙子さんは、何の関係なの?」

「由恵。」

圭司が手を差し伸べると、私は一歩後ろに下がった。

「本当の事を言って。」

「由恵、妙子は俺の……」

その瞬間、妙子さんは圭司の口を手で覆った。

「由恵さん。圭司は具合が悪いみたい。また今度お話するから、今日は帰ってちょうだい。」

「えっ……」

「さあ!早く!」

強い口調の妙子さんに、私は引き下がるしかなかった。

「由恵、由恵!」

後ろから圭司の声が聞こえて、振り返ったけれど、妙子さんが腕を引っ張って、ビルの中に入れようとしていた。

怖い。

私は何かに巻き込まれているの?

そんな恐怖を抱えながら、100m程歩いた時だ。

誰かに、腕を捕まえられた。

「ひっ!」

「シー。岡さん、私です。」

よく見ると、明日実ちゃんが目の前に立っていた。

「明日実ちゃん!」

「お久しぶりです。元気にしてましたか?」

「元気、元気よ。明日実ちゃんは?」

「お陰様で。元気にやってます。」

明日実ちゃんは、少し痩せたけれど、その笑顔は変わっていなかった。

「ところで、明日実ちゃん。どうしてこんなところにいるの?」

すると明日実ちゃんは、圭司が入って行ったビルの前を、キョロキョロと見回した。

「由恵さん。お話したい事があるんです。明日、またこの場所に来てくれますか?」

「明日?今日じゃ、ダメなの?」

「たぶん、私の口から言っても、信じて貰えないので。実際見て貰った方がいいです。」

私は不信に思いながら、明日実ちゃんと明日ここで会う約束をした。

何が待っているのか。

とにかく嫌な予感しかなかった。

そして次の日。

明日実ちゃんの言う通りに、約束の場所に来た。

約束の時間の10分前に行ったけれど、既に明日実ちゃんは来ていた。

「明日実ちゃん。」

「しー。岡さん、こっちに隠れて。」

明日実ちゃんが言う通り、ビルの横に隠れた。

数分後、ビルから圭司が出て来た。

「後を付けますよ。」

「うん。」

明日実ちゃんの言う通り、圭司の後を追った。

しかも、明日実ちゃんの警戒心の深さ。

絶対分からないだろうと言う距離からの尾行。

私には、見失いそうな距離だ。

「明日実ちゃん、よく付いていけるわね。」

「私、視力はいいんで。」

「探偵になれるよ。」

「ありがとうございます。」

そんな冗談を言いながら、圭司の後を付いていくと、角にあるカフェに入った。

「そっと近づきますよ。」

「う、うん。」

そのお店に近づくと、圭司は一番奥の席に座っていた。

「入りますよ。ただ背中を向けて。」

「背中ね。」

お店に入ると、店内は込み合っていた。

お店の真ん中の席に座ると、圭司の向かい側に、女性が座っているのが見えた。

「えっ……」

「ショックを受けてる場合じゃないですよ。杉浦さんにとって、これが日常ですから。」

「どういう事?」

すると明日実ちゃんは、手帳を広げた。

「これが、最近の杉浦さんの行動です。」

私は明日実ちゃんの手帳を見せて貰うと、女性Aと頻繁に会っている事が分かった。

「浮気って事?」

震える声で、明日実ちゃんに聞いた。

「そんな生ぬるい事じゃありません。」

「浮気が生ぬるい?」

明日実ちゃんは、息を吸うとこう言った。

「杉浦さんは、別れさせ屋です。」

馴染みのない言葉に、耳を疑った。

「あの女性は、現在付き合っている彼氏がいるんですが、別れたくないとストーカー気味になっているそうです。だから彼氏が別れさせ屋に頼んだ。彼女に恋をさせて、上手く別れるように。」

「……そんな事があるの?」

「それを請け負っているのが、杉浦さんの仕事です。」


『本当の事を教えるよ。』


圭司が言ったのは、この仕事を私に教える為?

圭司の本業は、別れさせ屋?

現実からかけ離れた世界に、私は茫然とたたずむしかなかった。
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