したたかな恋人
第4話 つまらない
しばらくして、私に朗報が迷い込んできた。

「岡。君のお客様で、PR動画を二つ作った方がいただろう。」

「加藤様ですか?」

「そうだ。その加藤様がね。3店舗目のPR動画を、また君に任せたいと仰っているんだ。」

奥田課長によってもたらされたその朗報は、私にとって嬉しいものだった。

この世界は、1度の仕事で終わる人も、沢山いる。

その中で、3度も仕事を任せられると言うのは、喜ばしい事意外に何もない。

「では早速、加藤様に連絡入れてみますね。」

「ああ。頼むよ。」

私が席に座った、その時だ。

「それと、今度の仕事なんだが……」

私は後ろを向いた。

「君のパートナーに、八木をつけたいと思ってるんだが、どうだろう。」

「明日実ちゃんを?」

彼女を見ると、緊張している。

指名されるのを、待っているのだ。

「はい、お願いします。」

すると明日実ちゃんの表情が、明るくなっていくのが分かった。

「よかったな、八木。ずっと企画書、出し続けていたもんな。」

「はい!ありがとうございます。」

明日実ちゃんと将成さんを見ていると、昔の私と将成さんを見ているみたいで、胸がつまった。

まさか、明日実ちゃんが将成さんと、どうにかなる訳ないのに。

私はパソコンに向かって、加藤様のデーターを出した。

加藤様は、都内に2店舗、和食のお店を出しているオーナーさんだ。

今回、3店舗を出すのは、加藤様にとっても喜ばしい事だろう。

そして私は、電話の受話器を持ち上げ、加藤様の携帯電話をコールした。

『もしもし。』

「加藤様、プランナーの岡です。」

『ああ、岡さん?久しぶりだね。』

「ご無沙汰しております。この度は、3店舗目の出店、おめでとうございます。」

『ああ、ありがとう。ところで、あの話聞いてくれた?』

「はい。ぜひ私にお任せ下さい。」

『よかった、引き受けてくれて。』

「その打ち合わせで、お電話したのですが……」

加藤様とのお話は弾み、結局1時間くらい電話をしてしまった。

電話が終わった後、明日実ちゃんが私の元に来た。

「加藤様に信頼されているんですね、岡さんは。」

「うーん。どうかしら。」

自分でもそう思いたいけれど、こればかりは相手に聞いてみないと分からない。

「私も、岡さんみたいなプランナーになりたいです。」

「ありがとう。」

お世辞でも、新人の明日実ちゃんにそう言われると、嬉しい気持ちになった。

私もそうだったな。

そして早く一人前のプランナーになりたかった。

「今度、加藤様の下見に行く時、明日実ちゃんもついて来る?」

「いいんですか?」

「もちろん。」

私は明日実ちゃんと、いいパートナーになると思っていた。

加藤様のお店の下見は、翌日行われた。

3店舗目のお店と言う事もあり、他の2店舗とはイメージが若者向けになっていた。

「和食って、お金持ちとか大人向けのイメージがあるでしょ?でも、若い人達にも、来てほしいんだよね。」

加藤様は意気込み十分だった。

「加藤様に似合ったコンセプトですね。今回は、入社2年目の八木も企画に携わりますから、期待していてください。」

加藤様は、明日実ちゃんに微笑んだ。

「君、いくつ?」

「23歳です。」

「ちょうど君ぐらいの人達が、集まって欲しいんだよね。」

加藤様も、明日実ちゃんが企画に加わる事を、楽しんでいるようだ。

これは好都合。

一番面倒なのは、経験の無さを悲観するお客様だ。

「じゃあ、頼んだよ。岡さんに八木さん。」

「はい。」

私達は、意気揚々と会社に戻って来た。


「じゃあ、明日実ちゃん。企画は私があげておくね。」

そう言うと明日実ちゃんの表情が、一瞬曇った。

「私は参加させて貰えないんですか?」

「今回は、私に任された仕事だから、私が企画したいの。もちろん、明日実ちゃんの意見も取り入れたいから、原案が出来上がったら、意見をちょうだい。」

「はい。」

私は明日実ちゃんの気持ちも分からないで、一心に企画に向き合った。

加藤様の求めるビジョンは、理解していると、驕っていたのかもしれない。

そして原案を片手に、明日実ちゃんの意見を伺った。

「若者向けだから、あまり敷居の高そうなイメージは作らなかったの。どう?」

すると明日実ちゃんは、ため息をついた。

「はっきり言っていいですか?」

「どうぞ。」

「つまらないです。」

私の胸が、チクッとした。

「どこがつまらないのか、教えて貰える?」

「全体的にです。ワクワクしないって言うか、若者はポップなモノを並べれば満足するだろうって言う思惑が、目についてわざとらしいです。」

そこまではっきり言う明日実ちゃんに、ちょっとイラっとした。

「岡さん。私も企画に参加させてください。加藤さんが言った通り、若者向けのプランを、提案したいんです。」

「それは……」

私は手をぎゅっと握った。

「明日実ちゃんに、加藤様の何が分かるって言うの?少なくても私は加藤様の店舗に2回も関わっているんだから、私の方が理解しているわ。」

「加藤様は、今回はコンセプトを変えてって仰ってました。今までの岡さんのイメージではないモノを、求めているんじゃないですか?」

こんなにも後輩が、疎ましく思った事はなかった。

「あまり良く思っていないみたいですね。」

しかも私の言葉を、明日実ちゃんに使われてしまった。

「今回は、杉浦さんと組みたかったな。そうすれば私の意見も、取り入れてくれたかも。」

ショックだった。

後輩にそこまで言われるだなんて。

「じゃあ、明日実ちゃん。今回の企画、練り直してみて。」

「はい!」

明日実ちゃんは、明るく返事をすると、自分の席に戻って行った。

そんな私達の会話を聞いてか、将成さんが声を掛けてきた。

「大丈夫か?岡。八木もはっきり言うもんだな。」

「いいんです。加藤様のコンセプトは、明日実ちゃんのような若者向けのお店ですから、彼女の意見も加えた方が、納得されるかもしれません。」

将成さんは、私の肩をたたいた。

「これも後輩を育てる一環だと思って、受け入れてくれよ。」

「分かってます。」

私は明日実ちゃんの先輩。

彼女を一人前のプランナーに導く事も、私の仕事なんだから。

そう、自分に言い聞かせた。

そんな時だった。

「落ち込んでいますね。」

杉浦君が私に話しかけてきた。

「俺の名前が出て来た時は、どうしようかと思いましたよ。」

「でもあなただったら、明日実ちゃんを生かせるんじゃない?」

私と杉浦君は、顔を見合わせた。

「大分、弱っていますね。」

「大丈夫よ、私は。」

そう言うと杉浦君は、私の耳元で呟いた。

「この前のお店で、待ってますよ。相談ならいつでも乗ります。」

この時は、同じ歳だという杉浦君に、甘えたい気持ちもあった。

「そうね。」

私達は秘密の約束をして、その日の仕事を終えた。
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