したたかな恋人
第6話 愛している
家に着き、ベッドにダイブした。

「キス……しちゃった……」

指で自分の唇をなぞってみる。

この唇が、杉浦君の唇と重なった。

まだその感覚が、唇に残っている。

「どういうつもり?唇を奪っておいて。」

杉浦君の真剣な瞳が、私の心を惑わせる。


『俺がいるから。』


このまま将成さんと別れて、杉浦君の胸に飛び込める?

でもこんな急な展開に、私の心はついていけない。

卑怯かもしれないけれど、誰かにこの判断を任せたくなる。

叶わない恋か、受け入れてくれる愛か。

翌日。杉浦君の顔を見る事ができなかった。

今までの口説き文句は、お世辞みたいなもので、こちらが気にしなければそれでよかった。

でも今回は違う。

キスなんて、見過ごす事はできない。

それとも、杉浦君にとっては、なんでもない、誰とでもするキスの一つだったのかしら。


「岡さん。この前の企画書書いたので、見てもらいますか?」

「ああ、うん。」

なるべく意識しないようにしたけれど、杉浦君がそれを許してくれなかった。

企画書を受けとる際に、耳元で囁かれた。

「昨日のキスは、本気です。」

ドキッとした。

「ここでそんな事言わないで。」

「……すみません。」

杉浦君は素直に謝ってくれたけれど、今度は“本気”と言う言葉が、頭にこびりつく。

企画書を読まなければならないのに、頭に入らない。

あれくらいの言葉で心乱されるなんて、社会人じゃないじゃないの。

「ちょっとお手洗い行ってくるわ。」

気持ちを切り替えようと、お手洗いに行った。


『昨日のキスは、本気です。』


何度もリフレインするあの言葉。

どうしてこんなに、心が揺れ動くのか、もう分からなくなっていた。

お手洗いを出ると、将成さんが待っていてくれた。

「大丈夫か?気分は。」

将成さんは、私の事を大分心配してくれていた。

「奴になにか、言われたのか?」

「奴って?」

「杉浦だよ。」

将成さんは、この前彼と一緒に飲みに行ってから、杉浦君をマークしているみたいだった。

「何だったら、今回の企画、杉浦を外そうか?」

「ううん。何でもないの。」

なぜ彼を庇うのかも、分からない。

ただ彼の仕事に対する考え方は、私にも必要だって思った。

「本当に心配しないで。将成さん。」

すると将成さんは、私を抱きしめてくれた。

「無理するな。」

「うん。そうなったら、将成さんに相談するから。」

「ああ。」

将成さんの匂いが、私を安心させてくれる。

「今日、由恵の家に行ってもいいか?」

「うん。待ってる。」

そんな約束を交わして、私達は仕事に戻った。


「よくそんな約束、交わせますね。」

どこからか聞こえてくる声に、辺りを見回した。

「ここですよ。」

遠くを見ると、廊下の角に杉浦君が立っていた。

「どうしてそんなところに?」

「面白い話をしているなぁって思って。」

私はカッとなった。

「立ち聞きなんて、いい趣味ね。」

「そうだな。おかげで、あんたの情報が聞きだせた。」

「なっ!」

それにあんたって、そんな事今まで言ってた?

「もう一度言っておく。不倫なんて止めろ。」

「あなたに関係ないでしょ。」

「あるだろう。キスした仲だ。」

私は杉浦君から、顔を反らした。

「い、一度のキスで、彼氏面しないで。」

「別に彼氏じゃない。それとも何か?一度のキスで、付き合ってると勘違いするタチか?」

身体がワナワナと震えだした。

「ごめんなさいね。そういうタチの悪い女じゃなくて!もういい!仕事以外で私に近づかないで!」

そう言って、仕事に戻った。

席に着くと、杉浦君が書いた企画書があった。

仕事は仕事。

私はその企画書を読んだ。

「……上手い。」

さすが前職でもプランナーをしていただけの事はある。

想像してみると、面白い映像が飛び出しそうだ。

そして杉浦君が、席に戻った。

「杉浦君。これ、なかなかの出来だったわ。このまま進めて。」

「はい。この後は……」

「ああ、そうね。この後は計画書と言って……」

先程の事は何のその。仕事の説明は、スムーズに行った。

そして仕事が終わり、自分の家に帰って来た。

「はぁー。疲れた。」

「お疲れ様。」

将成さんは私をソファに座らせると、足をマッサージし始めた。

「ああ、生き返る。」

「由恵はいつもヒールだから、足が疲れるんだよ。」

自分は床に膝をついて、献身的にマッサージしてくれる人。

こんな人、他にはいない。


『不倫は止めろ。』


杉浦君の言葉が、胸に刺さって離れない。

やっぱりこの関係は、間違っていて、もう止めなければいけないのだろうか。

「由恵。何かあったのか?」

この手を放さなきゃいけないのか。

「ねえ、将成さん。今日は激しく抱いて。」

将成さんは、ニコッと笑ってくれた。

「いいよ。」

将成さんの手が、私の服をはぎ取っていく。

キスしたまま胸を触られて、その手を感じていた。

「由恵、綺麗だ。」

スカートを履いたまま、将成さんと一つになると、激しく身体を突かれた。

「愛してる、由恵。」

私を見降ろしながら、切なそうに言う将成さん。

私は将成さんに抱き着いた。

ううん。離れるなんて、できない。

将成さんに奥さんがいるって分かっているのに、好きになってしまったんだもの。

「あぁぁん……将成さん……」

この身体全部で、将成さんを感じている。

こんな幸せな時間を手放すなんて、辛すぎる。

「心から愛してるよ。俺の元から離れないでくれ。」

将成さんの言葉に、情熱がこもる。

「私も愛してる。離れないから。」

泣きそうになるくらい、将成さんが好きだ。

「ああ……ああっ!」

将成さんの身体で、どこまでも絶頂に行く私だった。


「私も。将成さん。」
< 6 / 20 >

この作品をシェア

pagetop