間宮さんのニセ花嫁【完】
「怪しい」
弥生はそう一言、お箸で唐揚げを掴んだまま言った。その目の前にいる私は自分で作ってきたお弁当箱を広げながら、彼女の見解に深く納得した。
「だよね、二人でしたい話ってなんだろう」
「そこなの? まず間宮さんにご飯誘われたところからでしょ!」
あんまりそういうことを人が多い食堂で大声で言わないでほしい。ビル内の食堂はお昼時ということもあってウチの会社以外の社員も多く、どこで誰が会話を聞いているのか分からない。
間宮さんと二人で食事なんて、間宮さんファンが耳にしていたらとんだ大問題だ。
「飛鳥、間宮さんって社内でなんで呼ばれてるか知ってる?」
「……結婚したい、なんちゃらだよね」
「そう、結婚したい男No. 1だよ!」
彼女は日替わり定食である唐揚げ何故か怒った様子で一つ口に頬張った。
「営業部のエースであの若さで係長にまで昇進して、それであの顔の良さだよ? 何人の女子が狙っているか」
「優しいし気遣いも出来るし、結婚相手に不足はないよね」
「全く女の影もないし、なんで結婚しないんだろうって女子たちは不思議に思っているわけ」
確かに間宮さんといえば、芸能人ばりに顔が整っていて身長も高く、そのため営業部だけではなく社内全体から人気が高い。
係長というだけあって仕事も出来るし、部下が酔い潰れた時も家まで送り届けてくれるという紳士ぶりである。
そんな人を周りの女性が放っておくわけもなく、何度か女子社員が告白しているらしいが殆ど玉砕を食らっているという。
「間宮さん狙ってる女子からしたら二人で食事ってだけでも羨ましいのに。どうすんの、告白とかされたら」
「こくはっ……」
お箸で掴んでいた卵焼きがポロリと弁当箱に落ちる。
「ちょ、冗談でもそういう……」
「でも飛鳥を口説くには絶好のタイミングだよね。彼氏に浮気されて傷心気味なわけだし」
「自然な流れで傷を抉るよね」
私は彼女の言葉に「あり得ないよ」と首を横に振る。
「多分仕事のことだよ。よくて私の慰め会?」
「まぁそう考えるのが普通か。あの間宮さんだしな」
「そうだよ……」
どんな美女でも落とせなかったあの間宮さんが私を好きになることなんてないだろう。仕事とプライベートはハッキリと線引きしそうな人だ。
「(あまり深く気に留めない方向でいこう)」
今回のことはただの食事会だと軽く考えるのがベストだ。