間宮さんのニセ花嫁【完】



初めて彼から向けられた針のような鋭い視線に何も言えなくなる。
仕事で失敗しても、弱音を吐いても、一度も怒ったり冷めた態度を取ったことがなかったのに、その時の間宮さんの視線には明らかに怒りが隠れていた。


「でも、さっき本当のことを梅子さんに言うつもりでしたよね」

「……」


それを察した時、今まで間宮さんが築き上げてきたものとか、彼の立場とかを考えたらこれが一番なんじゃないかと思った。
梅子さんの疑いの視線を誤魔化すためには私が行動に移すのが正解だと思った。


「勝手にサインしてしまったことは謝ります。だけど折角ここまで来たのに、間宮さんも跡継ぎに決まったのに」

「……」

「間宮さんはここで終わっていいんですか?」


暫く黙り込んだ後、間宮さんははぁと頭を抱える仕草をした。


「俺はただ、飛鳥が心配なんだ。自分の人生に関わることなのに、簡単に判断していいことじゃないだろ」

「簡単じゃないです! これがいいって私が考えた結果の判断です」

「……飛鳥の気持ちは嬉しいけど元々籍は入れない契約だった。本当のことを口にしなくてもここで関係を終わらせた方がいいんじゃないかって……勝手ながらそう思ってしまった」

「間宮さん……」


私のあの行動が、間宮さんをそこまで追い詰めているとは思ってもいなかった。
一人思い詰めていると間宮さんは普段通りの優しい笑みを向け、そっと私の頭を撫でる。


「明日、もう一度ばあちゃんと話すよ。だけど改めて考えてほしい。本当にこの選択で良かったのか」

「……」

「飛鳥は、自分が俺に流されていないか、もう一度確認してくれないか?」


彼の言葉に声を出さずに頷くと間宮さんは「おやすみ」と甘く囁いて自室に戻っていった。
流されてはいない。自分が選んだ道だ。それでも間宮さんは私がまだこの結婚について迷っているように思えたんだ。


「(熱い……)」


彼に触れられた身体の一部が、火照っているように感じた。


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