間宮さんのニセ花嫁【完】
「柳下、くん?」
「何やってるんですか、佐々本さん」
息を切らしたように見える柳下くんは目の前にいる聡のことを鋭い目つきで睨みつけている。常に笑顔を絶やさない彼が人を軽蔑するような目をしているのを初めて見た。
どうやら私と聡が言い争いをしていることに気が付いて戻ってきてくれたようだ。
柳下くんの登場に聡の表情が変わり、突然気が狂ったかのように笑いだす。
「なに、飛鳥もう男作ってんの? この間も違う男部屋に入れて」
「違う男って……」
私が部屋に人を入れたのは最近だと間宮さんだけだ。もしかしてあの時、聡はまだマンションの近くで身を潜めていたというのか。
「俺は佐々本さんの会社の後輩です。元彼だからなんだか知らないけどこんな夜中に押しかけるのはどうかと思う」
「……はぁ、俺はただ飛鳥と話し合いたかっただけだよ。そんな怖い顔で見られても困る」
「聡、お願いだから今日は帰って」
「……」
お願い、と念押しで言うと彼は諦めたように「はいはい」と呟いて私たちに背中を向けるとマンションを後にする。
彼の姿が見えなくなると私たちは安堵から同時に息を漏らす。
「あれ元彼ですか。話通じてないし怖いんですけど」
「ごめん、柳下くん。でもありがとう」
「本当気を付けてくださいよ」
もしあの時柳下くんが現れなかったらどうなっていたことやら。あの調子じゃまた現れるだろうし、どうにかして聡のことを片付けないと。
こんなことならば最初から放って置かずにちゃんと注意してこればよかった!
「でもあの感じだと別れて正解だったっぽいですねー」
いつもの感じの軽い口調で話す柳下くんの言葉に私は静かに同意せざる得なかった。